部分と全体
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この書の誕生の背景について、この書の後半で対話の主な相手として登場するカール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカーが、ハイゼンベルクの70歳を記念して出版された論文集[1]の中の彼の寄稿[2]の中で次のように述べている。 戦後の20年間くらいの間、ハイゼンベルク何度となくヴァイツゼッカーに「チェスの選手権試合」というあだ名を付けた本を一緒に書かないかと誘われていたという。その本は、彼らの思考に大きな変革をもたらした近代物理学の哲学的な本質を、伝統的な哲学の諸流派、トマス神学、実証主義、カント哲学、ヘーゲルの哲学、プラトン主義などの哲学体系と比較しながら徹底的に議論しようというものだったという。ヴァイツゼッカーは、専門家でもないのにそれらの哲学の代表として、ハイゼンベルクと議論しなければならないということで、思うようにその準備が整わず、伸ばし伸ばしにして、ハイゼンベルクを失望させてしまい、しびれを切らしたハイゼンベルクが、1人でこのプラトンの対話篇のようなかたちを採った一種の自伝を書くことになったという[3]。
内容
上記の執筆動機の中にあるトマス神学、実証主義、カント哲学、ヘーゲル哲学、プラトン主義が、現代の素粒子物理学にどのようなヒント、刺激が与えられたかを語りながら、その間にハイゼンベルクの生涯のさまざまな場面での友人や恩師たちとの出会いと対話の思い出が挿入されている。 自身と物理学との関わりの他、ナチスに協力したのではないかとの嫌疑に対する弁明や戦争に対する洞察が書かれている。また、アインシュタイン、ボーア、パウリ、ディラックといった20世紀の物理学を代表する巨匠たちとの対話が綴られており、彼らの考え方やエピソードを知ることもできる。 この本は、1969年にドイツ語で刊行された後、1971年に英語版Physics and Beyond、1972年にフランス語版La partie et le toutが刊行されている。