Wikiwand AI

郷紳

From Wikipedia, the free encyclopedia

郷紳(きょうしん、満州語:tesu ba i hafan[1], tesu ba i sula hafan[2])とは、明朝から清朝にかけての中国の地方社会で影響力を持った名望家層[3][4]。狭義には、科挙に合格して官僚を務めた後に郷里に戻った者を指し、官僚経験者に与えられた徭役免除などの特権も合わさり、名士と扱われた[3][4]。清朝が終わりを迎えると、一部は中華民国の地方行政に関与し続けたものの、次第に影響力を失っていった[3]。

科挙は身分・出自を問わずに官僚を登用するものとして始まったが、競争の激化と受験期間の長期化によって、次第に科挙に挑む者を長期にわたって支えることができる富裕層を中心とする制度へと転じていった[5][6]。明朝に入ると、生員には徭役免除などの特権が与えられ、地方政治に隠然たる影響力を持つようになった[5][6]。また、科挙は個人の能力を測るものだったが、その合格者を輩出した一族の社会的地位も高め、これら階層は明朝後期には郷紳と称されるようになった[5][6]。

太平天国の乱以降、清朝による中央集権体制が弱体化するとともに郷紳が地方政治の実権を握るようになるが、科挙が廃止されると次第に威信を失うようになった[3][4]。中華民国の成立後も都市部で近代的な教育を受けた郷紳は地方において一定の影響力を保持したが、革命運動が進展する中で旧体制の支配者層、土豪劣紳と糾弾対象となり、地域の名士の地位を失った[3][4]。

脚注

関連項目

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks