都立広尾病院事件
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事件
- 判決文より事実認定されたことを元に記述
当時58歳女性患者。1999年(平成11年)2月8日、東京都立広尾病院整形外科に関節リウマチによる手の手術で入院となり、2月10日に手術は無事終了し、その後10日程で退院予定であった。
2月11日午前に予定された指示の通りに抗生剤の点滴がなされ、点滴終了後に看護婦(現・看護師)にて点滴ルート維持のためのヘパリン生食(ヘパ生)の注入(体内注入量約1ml、点滴ルートチューブ内残存量約9ml)を受けたはずであったが、注入後に患者が胸部不快と呼吸困難を訴えてきた。数分程度様子を見ていたが改善されなかったため、すぐに当直医が呼ばれて診察となったが患者が顔面蒼白であったため血圧低下は無かったがショック状態を憂慮し緊急の輸液投与が必要と診断され、輸液の投与を指示し、その点滴ルートチューブに輸液が繋がれて投与が施行された(この輸液投与によって点滴ルートチューブ内残存の約9mlのヒビテンが結果的に体内に追加注入されてしまったことになり後日の裁判で直接の死亡原因と認定された)。そのすぐ後に別の看護婦が病棟の処置台に別患者の処置に使用するはずの消毒液ヒビテングルコネート液が注入された注射器が見つからず、ヘパ生が注入された注射器が残っていたため「ヘパ生ではなく誤ってヒビテンが注入された」可能性が当直医に報告された。輸液開始後に患者は眼球上転し意識低下から心肺停止となりそのまま心肺蘇生での救命処置が行われた。
御家族が来院され当直医より「突然の急変が生じ心肺蘇生が行っている」旨の説明がなされた。その後に主治医も来院し当直医より主治医へ「看護婦から誤投薬があったかも知れないとの報告があった」と伝えられた。1時間近くの救命処置でも蘇生に至らず同日午前に死亡に至った。
同日主治医より遺族に対し、抗生剤点滴直後の急変と説明され死因究明のための病理解剖の説明がなされた。遺族は点滴直後の急変ということで誤投薬があったのかと質問がされたが心電図異常の所見もから心筋梗塞の可能性もあり「まだわからない」と説明された。看護婦による誤投薬があった可能性は話されずに遺族より病理解剖の了承と署名承諾が得られた。
事件後
2月11日は休日であったので、翌2月12日に病院幹部による院内事故調査会議が開かれた。院内会議では過失事故の可能性が高いため警察への届け出方向が決定とされ、同日広尾病院より管轄する東京都衛生局病院事業部へ報告と相談がなされた。東京都衛生局病院事業部では報告と相談を受けて部長と副参事が対応となり、過去都立病院で警察への届け出となった事例がなく対応判断が困難として、すぐに副参事が広尾病院に向かうこととしてそれまで警察への届け出を待つことが指示され、広尾病院に急遽副参事が来訪し再度院内会議に追参加となり再協議された。再協議の結果では、すでに遺族に病理解剖の話もされているのであれば「遺族に誤薬投与の事故の可能性を包み隠さずお話した上で、院内での病理解剖を受けるか警察に届け出て東京都監察医務院での司法解剖を受けるかをお話して、それでも遺族が院内の病理解剖を希望されれば、(まずは警察に届け出ずに)院内で病理解剖を進めていく方向としていくこと」に方針変更決定とされた。
同日病院長より遺族へ病状説明がなされ、院長より初めて「消毒薬を誤って投与した事故の可能性があること」が遺族に説明され、広尾病院が信用出来ないのであれば院内病理解剖ではなく司法解剖も含めた他場所での解剖も出来ることが説明された。遺族は正確な病状説明がされたことを誠実としてこのまま広尾病院での病理解剖に再度同意された。
同日広尾病院の病理医師と別大学病理学助教授の病理医師にて病理解剖が開始された。開始前に来訪した別大学病理学助教授の病理医師より、改めて遺体を見聞した上で、警察への連絡と東京都監察医務院での司法解剖が望ましいのではと再提案がなされたが、病院長より病院での協議結果でこの方針となったのでこのまま病理解剖を進めて欲しい旨が伝えられて、別大学病理学助教授の病理医師も「すでに広尾病院より警察や東京都監察医務院へ連絡相談がなされた上で院内病理解剖を進めるという協議結果なのだと認識され病理解剖が開始された。同日病理解剖結果として右前腕静脈内の急性凝固血栓とそれによる急性肺血栓塞栓症による呼吸不全と心不全の所見とされ、右前腕に点滴を受けていたことの関連が強く疑われ薬物の誤注入による事故死の可能性が高いと伝えられた。病理解剖の結果を受けて病院長より遺族へ改めて病状説明がなされ「病理解剖結果からも薬物の誤投薬による死亡の可能性が高いこと」「今後血液解析を進めて死亡原因の究明を進めていくこと」が伝えられ、主治医は病理医師と確認した上で「不詳の死」という記載で同日「死亡診断書」を作成し遺族へ交付した。採取された血液中の成分分析について同日中に東京都立衛生研究所と東京都医学総合研究所と東京都監察医務院に相談がなされたがすぐの快諾は得られなかった。
2月15日に広尾病院から東京都衛生局病院事業部に薬物の誤投薬による死亡の可能性が高いという中間報告が正式な文書でなされた。
2月18日に東京都立衛生研究所の紹介で民間企業である第一化学薬品より血液解析の受諾の連絡が広尾病院にあり依頼予定としたが、東京都衛生局病院事業部よりやはり東京都監察医務院での血液解析を行なっていく方針を改めて連絡され東京都監察医務院へ再度依頼して受諾されたため東京都監察医務院での血液解析が指示されて進めることになった。
2月20日に病院長らにて遺族へ中間報告がなされ、改めて「消毒液を誤投与したことでの事故死の可能性が高いこと」という説明がなされた。病院長らは「事故死の可能性が高い」と説明したが遺族は早急に「事故死と認定するように」糾弾し、病院長らは再度「血液解析の結果が出るまでは断定には至れない」として血液解析結果を待つとの説明がなされたが、遺族は断定しないのであれば早急に警察へ届け出ることを追求した。
2月22日に広尾病院より東京都衛生局長に報告確認の後に警視庁渋谷警察署に届け出がなされた。
3月10日に遺族より保険関係提出書類の死亡診断書の作成が依頼され、主治医は病院長と副院長らにも相談し、現時点で血液解析の結果が出ておらず事故死の断定に至っていないとので、あくまでも現時点での死亡診断で記載することが確認されて、死因「肺血栓塞栓症」「病死」と記載して作成された。病理解剖を担当した病理医師は異議を唱えたが3月12日に遺族へ提出された。
5月31日頃に血液解析でヒビテンに由来すると考えられるクロルヘキシジンが高濃度に検出されたとの鑑定結果が報告され事故死と断定された。
訴訟
刑事
| 最高裁判所判例 | |
|---|---|
| 事件名 | 医師法違反,虚偽有印公文書作成,同行使被告事件 |
| 事件番号 | 平成15年(あ)1560号 |
| 平成16年4月13日 | |
| 判例集 | 刑集第58巻4号247頁 |
| 裁判要旨 | |
|
1. 医師法第21条にいう死体の「検案」とは,医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい,当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かを問わない。 2. 死体を検案して異状を認めた医師は,自己がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも,医師法第21条の届出義務を負うとすることは,憲法38条1項に違反しない。 | |
| 第三小法廷 | |
| 裁判長 | 濱田邦夫 |
| 陪席裁判官 | 金谷利廣、上田豊三、藤田宙靖 |
| 意見 | |
| 多数意見 | 全員一致 |
| 参照法条 | |
| 医師法第21条,医師法(平成13年法律第87号による改正前のもの)第33条,憲法第38条1項 | |
刑事事件として捜査が開始され、2000年6月に病院関係者が起訴された。起訴提起は以下の2点となった。
点滴ミスをした看護婦2人は「薬剤の準備時及び投与時のそれぞれの確認を怠った」ことによる業務上過失致死罪で禁錮1年執行猶予3年と禁錮8か月執行猶予3年の有罪判決が確定し、それぞれ看護業務停止2か月と1か月となった。
主治医は「少なくとも病理解剖で過失事故の薬物中毒による死亡の疑いとなった時点で病院の指示に従うのみでなく医師として異状死を警察へ届け出るべき」とする医師法違反の略式起訴で罰金2万円となり、医業停止3か月となった。
病院長は主治医と同じく医師法違反の共同正犯と「後日に遺族の請求で保険会社からの死亡診断証明書類作成が依頼された時に死因を急性肺血栓塞栓症と病死との記載を指示した」とされる虚偽有印公文書作成行使で起訴された。特に病院長は「本件が医師法第21条の規定する異状死に該当するか」という争点よりも、そもそも「死体を検案して異状があると認めたときは24時間以内に警察署に届け出なければならない」とする医師法第21条は日本国憲法第38条で規定された自己負罪拒否特権に反するとの主張を展開したため、憲法判断として最高裁まで争議を続けた(東京地裁 平成12年(わ)1991号 東京高裁 平成13年(う)2491号 最高裁 平成15年(あ)1560号)。しかし2004年4月に最高裁は医師法第21条について「犯罪発見や被害拡大防止という公益が高い目的があり、また届出人と死体との関連の犯罪行為を構成する事項の供述までも強制されるわけではなく、捜査機関に対して自己の犯罪が発覚する端緒を与える可能性になり得るなどの一定の不利益を負う可能性は(人の生命を直接左右する診療行為を行う社会的責務を課する)医師免許に付随する合理的根拠のある負担として許容されるべき」から合憲として、懲役1年執行猶予3年と罰金2万円の有罪が確定した。
また東京都衛生局病院事業部副参事は医師法違反の共同正犯で起訴されたが無罪となった。
民事
- 東京地裁 平成12年(わ)第19691号
2000年9月、遺族は病院の隠蔽体質が真相究明の妨害になっていると考え、隠蔽をした個人及びシステムを問う為として、東京都と病院長と主治医、病院事務長、東京都衛生局病院事業部長、同副参事に対し総額1億4500万の損害賠償を求めて民事訴訟を提訴した(原告遺族は民事訴訟では誤投与した看護師ら個人への請求は行わなかった)。2004年1月、東京地裁は東京都と病院長と主治医に対して、原告遺族に総額約6000万円の支払いを命じる判決を言い渡して確定した。(院長と主治医は共に東京都立病院職員として地方公務員であったため病状説明義務違反のみ医師個人責任が認定されそれぞれ数十万円程度の支払い命令のみとなり、過失の大部分を占める注意義務違反については国家賠償法の適応とされて総額のほとんどは東京都が支払い負担となった)