鄭週 From Wikipedia, the free encyclopedia 鄭 週(てい しゅう、生没年未詳)は、琉球王国の官僚、書家。童名は万古、字は格橋。 久米三十六姓の鄭氏の子孫(鄭氏湖城殿内)。薩摩藩の琉球侵攻時に三司官であった鄭迵(謝名親方利山)は兄である。1579年(尚永7年 / 万暦7年)、官生(国費留学生)に選ばれ、翌1580年(尚永8年 / 万暦8年)11月に明へ渡り南京の国子監に入学し、1587年(尚永15年 / 万暦15年)11月に帰国を請うている。帰国の年に長史に任ぜられ、1589年(尚寧1年 / 万暦17年[1])に再び明に渡る[2]。 鄭週は琉球を代表する書家としても知られ、「善書万古長史」と俗称される。代表作に通堂屋(とんどうや)の「迎恩亭」、「竜王殿」の扁額がある[3]。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『中山世譜』では1590年(尚寧2年 / 万暦18年)春。 ↑ 沖縄タイムス社『沖縄大百科事典』 ↑ 新城俊昭『琉球・沖縄史』東洋企画 外部リンク 龍王殿の扁額 - 那覇市歴史博物館 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 この項目は、沖縄県に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:日本の都道府県/沖縄県)。表示編集 Related Articles