酒井泰志
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プロ入り前
大宮東高では2年夏の県大会準優勝も控え。専修大学に進学。2年春までの3季は1部で、東都大学1部リーグ通算16試合に登板、4勝6敗、防御率3.07、40奪三振を記録。4年時はエースで主将を務めて春秋優勝、秋は最優秀投手となり入替戦も初戦は完封勝利するがチームは2連敗。2部では通算20勝。1年下に江草仁貴がいた。卒業後は、いすゞ自動車に入社。
2002年には、いすゞ自動車入社1年目に第73回都市対抗野球大会で優勝に貢献し、若獅子賞を獲得。いすゞ自動車は同年限りでの活動休止が決まっており、この年のオフにドラフト7巡目で千葉ロッテマリーンズに入団。
プロ入り後
2004年に、一軍試合登板がないまま、球団から戦力外通告を受ける。12球団合同トライアウトを受けるも受け入れ先はなく、わずか2年で現役引退。引退後の2005年、ロッテは背番号26を「ファンのための背番号」として半永久欠番として指定したため、酒井がロッテで最後に26を使用した選手となっている。引退後は新球団・東北楽天ゴールデンイーグルスの打撃投手兼スコアラーに就任。2007年まで打撃投手を務めた。