第73回都市対抗野球大会
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- 企業チームの減少など社会人野球を取り巻く環境の変化から、都市対抗野球大会出場の価値を高めるために、日本野球連盟は従来までの出場チーム32チームを試験的に28チームに減少させた(結果的に現場やファンから不評であったことから、翌年の大会では出場32チームに戻っている)。
- また、開催時期も従来の7月下旬開幕から約1ヶ月遅らせ、8月下旬開幕となった。これは、高校野球等のイベントと重ならないことでメディアへの露出を増やそうとするものであり、これ以後2010年まで(本来は2011年もこれに該当する予定が10月に延期)の間、開催時期は8月下旬から9月上旬となっている。
- 但し、この処置は今回が初めてではなく、1992年と1996年にも夏季オリンピック(1992年バルセロナ・1996年・アトランタ)が、本来の都市対抗開催時期である7月下旬と日程が重なるために特例としてこの時期に開催した例がある。
- 前年大会から、優勝チームは1年間袖に「黒獅子エンブレム」をつけてプレーすることができることとなったが、前年優勝の河合楽器は優勝後約2ヶ月後に電撃的に廃部を発表、開会式には一部の選手のみがもはや使わなくなったユニフォームで優勝旗等の返還を行った。
- 出場枠が狭くなった中で、伏木海陸運送と一光の2チームが初出場を果たした。一方で、53年ぶりに川崎市代表が都市対抗の表舞台に登場しないなどのドラマを生んだ。
- その中で勝ち上がっていったのが、今大会で本大会初勝利を挙げて勢いに乗ったホンダ熊本と、同年限りで休部が決まっていたいすゞ自動車。両チームは決勝で対戦し、いすゞ自動車が黒獅子旗を手にしたが、黒獅子エンブレムは準優勝のホンダ熊本が獲得した。また、協和発酵もこの大会を最後に約50年の活動に幕を下ろし、NKKも統合により廃部となるため今回が最後の大会となった。
- このシーズンから企業チームが参加する大会での金属バットの使用が禁止され、24年ぶりに木製バットに回帰したことから、ホームラン数は前々回大会の106本、前回大会の96本から激減し、30本にとどまった。
- この年から、従来のNHK BS1、GAORAに加え、データ放送のBS「デジキャス」でも時間帯を区切りながら生中継が行われた。
予選
→詳細は「第73回都市対抗野球大会予選」を参照