酔生夢死
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歴史
これは一生の送り方を表し、何一つ価値のあるようなことをしないで無意味な一生を送るということである[1]。それは酒に酔っていたり、夢を見ているような心地であり、そのような状態でぼんやりと一生を終えるというものである[2]。
これは宋の時代の中国で活躍した儒学者である程顥の思想を由来としており、これがまとめられた『程子語録』に出てくる[3]。そこではどんなに才能のある人物でも、膠着したような状態であるならば、その人物は酔生夢死で一生が終わりそれを自覚することもできないということが述べられている。このような人生は酒に酔っているようなものとして例えられている。それは酒に酔うということは楽しいのであるが、それでは何も残らない。夢の中で成功をしようとも醒めれば何も残らない。このことからこの言葉では今が良ければそれでよいという刹那的な生き方をしていれば何も残らない人生になるということを表していたのであった[4]。これは酔夢生死を互い違いに言ったという文である。このことから酒に酔ったり夢を見たりして生きて死ぬということとなる。元々はこの言葉は自覚の無い人生を戒める言葉であったのだが、酒を飲みすぎたり酔ってふらついた状態を表す場合にも用いられているとのこと[5]。
脚注
- ↑ “酔生夢死 | スピーチに役立つ四字熟語辞典 | 情報・知識&オピニオン imidas - イミダス”. 情報・知識&オピニオン imidas. 2026年4月23日閲覧。
- ↑ 日本国語大辞典,四字熟語を知る辞典, デジタル大辞泉,精選版. “酔生夢死(スイセイムシ)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2026年4月23日閲覧。
- ↑ akutsu.workwrite (2025年12月11日). “「酔生夢死」の意味とは?由来や使い方、関連語・反対語も解説”. Domani. 2026年4月23日閲覧。
- ↑ “酔生夢死・邯鄲の夢・人生は夢の如しの意味|仏教が教える人生の儚さと真の幸福”. true-buddhism.com. 2026年4月23日閲覧。
- ↑ “みんゆうNet”. www.minyu-net.com. 2026年4月23日閲覧。