釈興然
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嘉永2年(1849年)4月14日、出雲国神門郡塩冶村(現・島根県出雲市)生まれ[1]。安政5年(1858年)に出家、法名を興然とし、母方の伯父でもある岩屋寺住職の宣明のもとで修行する[1]。明治3年(1870年)に八束郡本庄村の玉理寺の住職となり、明治14年(1881年)に住職を辞して長野県北部中学林の教師を務めた[2]。明治15年(1882年)横浜三会寺の住職となるも、戒律復興運動を行っていた叔父・釈雲照の勧めで[3]明治19年(1886年)にスリランカへ渡ってパーリ語を学ぶ。明治23年(1890年)に受戒。明治26年(1893年)[4]に帰国後は釈尊正風会を組織し、神奈川を拠点に上座部仏教の普及につとめた。明治40年(1907年)にはタイ王国に招待され、1年間滞在した[5]。墓所は横浜市三会寺。