里見成義
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| 時代 | 室町時代後期 |
|---|---|
| 生誕 | 文安5年(1448年) |
| 死没 | 永正2年4月15日(1505年5月18日) |
| 別名 | 義成 |
| 墓所 | 千葉県南房総市白浜町白浜2134 青根原神社 |
| 官位 | 刑部少輔、左衛門佐 |
| 氏族 | 安房里見氏 |
| 父母 | 父:里見義実?、 |
| 兄弟 | 成義、成頼、義秀、元近、中里実次 |
| 妻 | 土岐頼元の娘、三浦横須賀連秀の娘 |
| 子 | 義富、義通?、実堯?、東条実倫、正木時綱妻 |
| 特記 事項 | 上記記述は系譜による。史料的には架空説も有力である。 |
里見 成義(さとみ しげよし)は、室町時代後期の武将。安房里見氏2代目当主とされる人物。名前は義成(よししげ)とも記される。後世に編纂された系譜や軍記物にその名が見られるが、史料上で実在したという裏づけが取れないため、系譜に付け加えられた架空の人物とする説が主流となっている。しかし成義の存在を架空とすると、里見氏の系譜関係を著しく不自然にする事情[注釈 1]などから、実在を支持する説もある。