野場西城

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別名 野場城
城郭構造 平城
築城主 大須賀氏
築城年 不明
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野場西城
愛知県
別名 野場城
城郭構造 平城
築城主 大須賀氏
築城年 不明
主な城主 大須賀氏、夏目氏
廃城年 永禄6年(1563年)
遺構 土塁
指定文化財 町指定史跡
位置 北緯34度51分28.8秒 東経137度12分46.8秒 / 北緯34.858000度 東経137.213000度 / 34.858000; 137.213000座標: 北緯34度51分28.8秒 東経137度12分46.8秒 / 北緯34.858000度 東経137.213000度 / 34.858000; 137.213000
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野場西城(のばにしじょう)は、愛知県幸田町野場城にある日本の城。別名は、野場城

築城年代は定かではないが、大須賀氏によって築かれたとされる。大須賀氏は東条吉良氏徳川氏などに仕え、大須賀氏一族、大須賀康高は、後に遠江国横須賀城主となり、野場西城から離れる事になった[1]。永禄6年(1563年)の、三河一向一揆では、一揆方の夏目吉信(夏目氏)、大津半右衛門、乙部八衛門らが野場城に楯籠もったが、家康方の松平伊忠に攻め入られ、落城し、そのまま廃城になったと言われている[2]。なお、一揆方の夏目吉信は、家康に許され、助命されたという。

遺構

アクセス

関連項目

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