野崎欣宏

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野崎 欣宏(のざき よしひろ、1941年4月19日 - 2017年1月10日[1])は、日本のアニメプロデューサー

1941年4月19日、埼玉県所沢市生まれ。戦後の幼少期から文芸作品など様々な芸術分野に関心を抱き、哲学を始めとする学問分野についても独学で学ぶ。漫画家手塚治虫の作品と出逢い、漫画文化や映像文化、そしてアニメーション文化に強い関心を覚える。その後、虫プロダクション入社試験を受け[2]1963年1月に入社。制作進行としての入社だったが、資料室へ配属される[3]。資料室ではバンクシステムの管理を行った[4]他、制作に必要な資料集めも行った[5]

虫プロダクションの倒産後は、西崎義展のオフィスアカデミーへ移籍し、1974年の『宇宙戦艦ヤマト』企画にも参加。同作に漫画家松本零士を監督候補者として推薦した[6]

オフィスアカデミーも倒産し、サンライズロボットアニメに関わり、1978年には少年画報社の「手塚治虫アニメ選集」をプロデュース。

1981年に書籍『機動戦士ガンダム記録全集』を請け負うために編集者の小牧雅伸千葉暁らとクリエイター集団、編集プロダクションとして伸童舎を設立[7]。ロボットアニメを中心に玩具や書籍を展開し、1987年には編集を請け負っていた『ジ・アニメ』誌上で企画したオリジナルビデオアニメ『デルパワーX』をプロデュースした[2]。伸童舎を通じて多数のクリエイターを創出している。

2017年1月10日、悪性リンパ腫のため死去[8]

参加作品

脚注

外部リンク

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