野性号の航海 翔べ 怪鳥モアのように

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野性号の航海 翔べ 怪鳥モアのように』(やせいごうのこうかい とべ かいちょうモアのように)は、1978年5月27日角川映画の作品として劇場公開された海洋ドキュメンタリー映画

フィリピンルソン島から鹿児島県までの2,500キロを、古代船を復元したアウトリッガー・カヌー「野性号Ⅱ」で実験航海したときの模様を記録したもの。

野性号Ⅱの乗組員

全11名、カッコ内は当時の年齢

  • 隊長:角川春樹(35歳)
  • 艇長:藤本和延(32歳)
  • 帆走顧問:堀江謙一(38歳)
  • 考古学:金子皓彦(36歳)
  • 造船:岡村彰夫(35歳)
  • バイス・キャプテン:津村力(23歳)
  • クルー:関本幸満(30歳)
  • クルー:二宮俊雄(28歳)
  • クルー:小園江五(26歳)
  • クルー:山下正明(25歳)
  • カメラ:池田岳史(28歳)

映画音楽

井上堯之がスコアを手掛けた『野性号の航海 翔べ 怪鳥モアのように』のオリジナル・サウンドトラック(K-10012W)とメイン・テーマの『終りのない旅 ENDLESS WAY(B面「Coda」)』(K-12W)が1978年にワーナー・パイオニア株式会社からそれぞれLPレコードEP盤で発売された。

オリジナル・サウンドトラック収録曲

  • SIDE A
    The Wild Adventure(冒険への讃歌)
    The Black Stream(黒潮の道)
    Children's Song-Spell-Parting From People In Aparri(子供達の歌 / 呪文 / アパリの人々との別れ)
    Discovery Of "The Wild"(野性号発見)
    Setting Sail For The Black Stream(黒潮出航)
    Endless Way(終りのない旅) - 歌:井上堯之
    With The Black Stream(黒潮の流れに)
    Squall(スコール)
  • SIDE B
    "The Wild" Keep Running(走る野性号)
    The Rest In The Batan Island(バタン島での休息)
    Over The Bashi Channel(バシー海峡をこえて)
    Dreamer(ドリーマー) - 歌:井上堯之
    The Ishigaki Island Folk Song(石垣島民謡)
    Coda(コーダ)

野性号プロジェクトについて

野性号プロジェクトは、1975年当時角川書店の社長だった角川春樹が「魏志倭人伝」に記された渡海ルート(朝鮮半島から九州)である邪馬台国への海の道を検証することを目的に企画された「野性号 Ⅰ」の実験航海から始まった。

野性号 Ⅰは、櫂(オール)による人力だけでの渡海を試みたが計画通りには進まず、結局曳航しなければ朝鮮海峡釜山対馬)を渡ることができなかった。本船には作家の高橋三千綱[1]豊田有恒[2]も同行、角川春樹自身も再現された古代の衣装を着て乗船していた。

野性号 Ⅱは、ニューギニア島から日本へ北上する黒潮ルートの検証を目的に、南太平洋からの航海に挑んだ。「古代日本人は黒潮に乗ってやってきたのか?」という謎を解くため、角川春樹が会長をつとめる「黒潮文化の会」による古代史学術調査事業の一環として、フィリピンのルソン島と鹿児島間の2,500キロを実験航海するプロジェクトとなった。1977年5月16日にルソン島北端のアパリ港を出港し、44日間をかけて6月28日に九州の鹿児島港に無事接岸した。この映画はこのときの実験航海の模様を記録したものである。

野性号 Ⅲは「縄文土器が南米のエクアドルで発見された」という謎を解くために企画された「太平洋古代文化の会」による航海実験プロジェクトで、伊豆半島南端の下田港から1980年5月8日に出港、サンフランシスコまで50日、その後、アカプルコメキシコ)→グアヤキルエクアドル)→リマペルー)→チリ最北端の町アリカまで、約18,000キロを207日間掛けて無事到着し、航海を終えた。

3度に及ぶ野性号の航海は角川春樹の個人的な夢とロマンを具体化する形で進められたプロジェクトだったため、角川書店発行の月刊誌「バラエティ」や「野性時代」などでも度々特集が組まれ、リポート記事なども掲載されていた。

関連書籍

映像ソフト

脚注

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