野村宣一 From Wikipedia, the free encyclopedia 生年月日 1941年12月3日没年月日 (2024-01-18) 2024年1月18日(82歳没)出身校 関西大学法学部所属政党 無所属 日本の政治家野村宣一のむら せんいち生年月日 1941年12月3日没年月日 (2024-01-18) 2024年1月18日(82歳没)出身校 関西大学法学部所属政党 無所属称号 文学士 第17代・18代茨木市長当選回数 2回在任期間 2004年4月18日 - 2012年4月17日テンプレートを表示 野村 宣一(のむら せんいち、1941年 <昭和16年> 12月3日[1] - 2024年 <令和6年> 1月18日[2])は、日本の政治家。17代・18代茨木市長。元茨木市助役。位階は正六位。旭日小綬章。 大阪府立東淀川高等学校から関西大学法学部に進学し、卒業後の1965年(昭和40年)4月に茨木市職員となる。 市長公室長や茨木市収入役を経て、1996年(平成8年)5月に山本末男市長の下で茨木市助役となる。 2004年(平成16年)1月に助役を退任し、山本の後継候補として4月11日投開票の茨木市長選挙に出馬、得票数30,948票(投票率35.41%)で当選し、4月18日に第17代市長に就任した。 2007年(平成19年)12月18日の茨木市議会最終日に次期市長選挙への出馬を表明[3]し、2008年(平成20年)4月6日の告示日に無投票での再選を果たした。 茨木市長選挙での無投票当選は市制施行後初のことであったが、これは事前に民主党と自由民主党、公明党が推薦をして統一候補として擁立したことや、日本共産党が擁立を見送ったこと、また前回出馬した茨木市議会議員の桂睦子も出馬を見送ったことが大きな要因である。 2012年(平成24年)1月10日、高齢であることや健康問題を理由に、2012年4月8日投開票予定の市長選挙に出馬しないことを明らかにし[4]、事実上の後継候補として前市議会議員の桂睦子を支援[5]した。同年4月17日、任期満了に伴い市長を退任した。2024年1月死去[2]。 栄典 2017年春の叙勲で旭日小綬章を受章[6] 死没日付をもって正六位に叙された[2] 脚注 ↑ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、282頁。 1 2 3 令和6年 2024年2月29日付 官報 本紙 第1171号 8頁 ↑ 茨木市民ニュース(2007~8年 いく年くる年号) 茨木まほろば会 ↑ “野村・茨木市長が3選出馬せず”. 朝日新聞 (朝日新聞社大阪本社). (2012年1月14日). http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001201120003 2012年1月12日閲覧。 ↑ “茨木副市長ら退職へ”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社大阪本社). (2012年2月29日). https://web.archive.org/web/20120415010558/http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/osaka/news/20120413-OYT8T00097.htm 2012年4月17日閲覧。 ↑ 平成29年 2017年5月1日付 官報 号外 第94号 16頁 表話編歴 大阪府茨木市長 高島好隆1948.2.1-1950.12.12 中谷光1951.1.28-1955.1.27 田村英1955.1.28-1963.1.27 坂井正男1963.1.28-1965.2.20 大槻良衛1965.4.11-1971.3.11 北川安一1971.4.25-1976.3.8 重冨敏之1976.4.18-1992.4.17 山本末男1992.4.18-2004.4.17 野村宣一2004.4.18-2012.4.17 木本保平2012.4.18-2016.4.17 福岡洋一2016.4.18- カテゴリ この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。表示編集 Related Articles