野津駅 From Wikipedia, the free encyclopedia 全景(2006年9月撮影) 転車台(2006年9月撮影) 転車台の動画(4.8MB) 野津駅(のつえき)は、かつて大分県臼杵市野津町大字野津市372にあったジェイアール九州バス臼三線の自動車駅である。 2001年7月1日に鉄道券の取扱いを廃止し、バス待合施設として使用されている。2007年3月31日にジェイアール九州バス臼三線が廃止され、4月1日より大野交通(現在の大野竹田バス)、臼津交通が同路線を引き継いだことに伴い、停留所の名称が「野津市(のついち)」[1]に変更された。 駅本屋(出札窓口、待合室)と、バス専用のターンテーブルが設置されていた。 1番のりば(道路と並行しており、ターンテーブルは使用しない) 下り(県立三重病院、三重町駅方面) 2番のりば(ターンテーブルを利用して折り返した後に到着) 上り(臼杵石仏、臼杵駅方面) 利用状況(廃止直前) 平日朝は通学の高校生および県立病院へ向かうお年寄りなどの利用があった。休日は三重町駅を経由して大分方面へ向かう人で込み合うこともあった[要出典]。 その他の特徴 2001年のバス部門子会社化までは、常備券の青春18きっぷやフルムーン夫婦グリーンパス、補充券でJR線連絡乗車券や指定券なども発売していた[要出典]。 狭い敷地を有効に利用するため、当駅で休憩(ダイヤ調整)する上りバスはターンテーブルを利用して方向転換した後に到着となっていた。 歴史 1935年3月1日 - 開業(開業時は「野津市駅」)。 鉄道敷設法別表に「大分県臼杵ヨリ三重ニ至ル鉄道」が制定され、鉄道予定線の先行バス路線として暫定開業したものであるが、開業当時より鉄道の敷設については実現が疑問視されていた[2]。 開業当時の駅舎は商店を借り上げたもので、借上終了後は時計店となった[3]。 1944年4月21日 - 駅舎完成[3]。 1949年4月1日 - 野津市村が町制施行して野津市町となり、同年7月1日には町名を野津町に変更。駅名も「野津駅」となる。 1952年4月1日 - 駅業務が臼杵自動車区から鉄道弘済会へ移管される[3]。 1957年4月1日 - 駅業務が鉄道弘済会から日本交通観光社へ移管される[3]。 2001年7月1日 - 鉄道券の取扱いを廃止。 2007年3月31日 - ジェイアール九州バス臼三線、全線廃止。 2007年4月1日 - 大野交通(現在の大野竹田バス)・臼津交通が旧臼三線の路線を運行開始。 駅周辺 臼杵市役所 野津庁舎(旧・野津町役場) 真名野長者の墓 脚注 ↑ 路線バス時刻表検索( の )大分バス 大野竹田バス 臼津交通 大分バス ↑ 全国建設線予定網『今後の鉄道建設工事概況 : これだけは誰れでも知てをきたい』1936年5月10日 13p. 事業興信社(国立国会図書館デジタルコレクション) 1 2 3 4 ◎野津町の運輸の事ども『野津町誌』1965年1月10日 183p. 野津町長(国立国会図書館デジタルコレクション) この項目は、バスに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:バス/PJバス)。表示編集 この項目は、大分県に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:日本の都道府県/大分県)。表示編集 座標: 北緯33度02分35秒 東経131度41分31秒 / 北緯33.043177度 東経131.692022度 / 33.043177; 131.692022 Related Articles