Wikiwand AI

野辺地純

From Wikipedia, the free encyclopedia

名前 野辺地 純
生年月日 (1940-02-08) 1940年2月8日(85歳)
身長 173 cm (5 ft 8 in)
体重 60 kg (132 lb)
野辺地 純
Jun NOBECHI
基本情報
名前 野辺地 純
生年月日 (1940-02-08) 1940年2月8日(85歳)
身長 173 cm (5 ft 8 in)
体重 60 kg (132 lb)
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道
経歴
テンプレートを表示

野辺地 純(のべち じゅん、1940年2月8日 - )は北海道出身のプロゴルファー。

弟・野辺地鼎もプロゴルファー[1]。

小樽カントリー倶楽部所属時代には弟・鼎をプロゴルファーに誘い、大学卒業後に銀行に就職が決まっていた鼎は小樽CCの研修生となる[1]。

1967年には第1回北海道オープンを制し、1970年には同大会2勝目を挙げる。鼎も1971年と1975年に制して兄弟で4勝をマークし、1978年には兄弟揃って上原宏一の4位タイに入った[2]。

1971年の全日本プロダブルスでは安田春雄とペアを組み、内田繁・石井裕士ペアとのプレーオフの末に2位と健闘[3]。

1975年には第1回札幌オープンを制し、1976年の第2回では鼎が制して兄弟制覇、純は1984年にも制し、同大会も兄弟で4勝した[4]。

1975年の札幌とうきゅうオープンでは初日を中村通・青木功・謝敏男(中華民国)・石井冨士夫・杉原輝雄・松田司郎、ビル・ダンク(オーストラリア)、沼澤聖一・宮本省三と並んでの7位タイ[5]でスタートし、3日目には杉本英世・宮本・沼澤・前田新作・中村・鷹巣南雄・今井昌雪・森憲二と並んでの9位タイ[6]とし、最終日には陳健忠(中華民国)・井上幸一・村上隆・青木と並んでの4位タイ[7]に浮上。

1989年の全日空オープン[8]を最後にレギュラーツアーから引退し、シニア転向後の1992年にはミズノシニアクラシックで内田・戸川一郎・豊田明夫と並んでの9位タイ[9]、スポーツ振興カップで榎本七郎・ダンクと並んでの10位タイ[10]に入った。

主な優勝

脚注

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks