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金七十論

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『金七十論』(きんしちじゅうろん)[1]は、インド哲学のサーンキヤ学派の思想を漢訳した書物。6世紀の真諦訳。原著は『サーンキヤ・カーリカー(英語版)』の無名氏による注釈書だが、サンスクリット原本は伝わらない[1]。

東アジアでは、サーンキヤは「数論」と呼ばれ、『大毘婆沙論』[2]や『倶舎論』[3]の批判対象として知られていた。

日本では、江戸時代の元禄10年(1697年)に和刻本が出版されて以来、明治までヴァイシェーシカ学派の『勝宗十句義論』とともに研究され、複数の注釈書が著された[4]。主な注釈者に、暁応・法住・快道がいる。

明治37年(1904年)には、高楠順次郎によりフランス語訳が作られた[5]。

『大正蔵』外教部に収録されている。

参考文献

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