金地院 (東京都港区)

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所在地 東京都港区芝公園三丁目5番4号
位置 北緯35度39分34秒 東経139度44分46秒 / 北緯35.65944度 東経139.74611度 / 35.65944; 139.74611座標: 北緯35度39分34秒 東経139度44分46秒 / 北緯35.65944度 東経139.74611度 / 35.65944; 139.74611
山号 勝林山
金地院
金地院の入口
金地院の入口
所在地 東京都港区芝公園三丁目5番4号
位置 北緯35度39分34秒 東経139度44分46秒 / 北緯35.65944度 東経139.74611度 / 35.65944; 139.74611座標: 北緯35度39分34秒 東経139度44分46秒 / 北緯35.65944度 東経139.74611度 / 35.65944; 139.74611
山号 勝林山
宗派 臨済宗南禅寺派
本尊 聖観世音菩薩
創建年 元和2年(1619年
開山 以心崇伝
開基 徳川家康
札所等 江戸三十三観音札所 第28番
東京三十三観音霊場 第5番
法人番号 7010405001305 ウィキデータを編集
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金地院(こんちいん)は、東京都港区にある臨済宗南禅寺派寺院

1619年元和2年)に開山された。以心崇伝南禅寺僧侶徳川家康の政治顧問を務めていた。そのため、江戸における拠点として与えられたのが当院の由来である。以心崇伝は京都では南禅寺塔頭金地院を居所としており、江戸での居所も「金地院」と称した。そのため、以心崇伝は別名「金地院崇伝」ともいう[1]

これまで当院は江戸城内に置かれていたが、以心崇伝の死後の1638年寛永15年)に現在地に移転した。江戸時代の当院は独立性が高く、現在でいうところの「臨済宗系単立寺院」であったが、明治になり、関係の深かった南禅寺に属することになった[2]

1945年昭和20年)の東京大空襲にて本堂が焼失し、1956年(昭和31年)に再建された。

交通アクセス

脚注

参考文献

関連項目

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