金城朝永

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生誕 (1902-05-18) 1902年5月18日
日本の旗 日本沖縄県
死没 1955年3月10日(1955-03-10)(52歳没)
研究分野 沖縄学言語学
金城 朝永きんじょう・ちょうえい
人物情報
生誕 (1902-05-18) 1902年5月18日
日本の旗 日本沖縄県
死没 1955年3月10日(1955-03-10)(52歳没)
出身校 東京外国語学校
学問
研究分野 沖縄学言語学
研究機関 東京学芸大学
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金城 朝永(きんじょう ちょうえい、1902年明治35年)5月18日 - 1955年昭和30年)3月10日[1])は、沖縄県出身の沖縄研究者。特に琉球方言の研究を行った。

9歳のとき、沖縄学の父・伊波普猷の開いた「子供の会」に入会しており、幼い頃から伊波の影響を受けて育った。中学の時には伊波とともに日本組合基督教会沖縄支部に入会。当時の標準語教育に反発し、中学は落第した[2]。上京した後、東京外国語学校で学ぶ。卒業後、伊波普猷から紹介された岡村千秋(柳田國男の女婿)を通じて大橋図書館で外国書担当の司書の職を得、同じく同館に勤務した大藤時彦と親しくなる[3]。また、柳田國男折口信夫らが中心となって作った「南島談話会」に参加[4]。その後も柳田の主催する「木曜会」に参加している。こうした環境の中で方言民俗を研究していった。

1930年(昭和5)3月、図書の整理法をめぐって上役と意見が食い違ったことが原因で、大橋図書館を退職[5]

1936年(昭和11)、金田一春彦東京大学國學院大學の学生に請われて、自宅で半年間にわたって琉球語のアクセントについて教授した。また、金田一京助アイヌ調査の助手として、樺太北海道の取材旅行に行っている。この縁もあり、翌年の1937年(昭和12)三省堂での辞書編纂に参加することとなった[2]

戦後は米軍の翻訳官や東京学芸大学での仕事を行いながら、琉球の歴史を研究していった。

その他

  • 1979年(昭和54)、沖縄文化協会は沖縄文化協会賞金城朝永賞を設置(金城朝永賞は言語学・民俗学等が対象)[6]

著書

  • 『異態習俗考』六文館、1933年1月。 NCID BA30166560全国書誌番号:46077723 
  • 『那覇方言概説』三省堂、1944年8月。 NCID BN06157984全国書誌番号:46024402 全国書誌番号:49014217 
  • 大蔵省主税局 編『沖縄法制史』金城朝永校訂、山岡書店〈貴重資料復刻叢書〉、1953年12月。 NCID BA50476061全国書誌番号:72012321 
    • 『沖繩法制史』東京税務監督局、1903年。復刻・雄松堂書店、1934年。元版
  • 『金城朝永全集 上下』大藤時彦外間守善 編、沖縄タイムス社、1974年1月。 NCID BN05197495全国書誌番号:73009147 

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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