金子安次
日本の軍人 (1920-2010)
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来歴
年譜
証言内容
- 1996年9月26日付ジャパンタイムスで「銃撃したり拷問したりして100人以上を私は殺しました。このようなことを決して繰り返してはいけません。」と語った。
- 2007年3月10日テレビ東京のインタビューで「わたしは同僚たちと駐屯地近くの村を回り、女性たちを拉致した」と語った。
- 山東省臨清県の臨清には第59師団隷下の独立歩兵第44大隊が駐留していた。1943年9月に運河にコレラを撒いて堤防を決壊させたと証言している。「44大隊長広瀬利善中佐から、衛河堤防を破壊し解放区を埋没させてコレラ菌を散布せよ、との命令を受けた。当時、重機関銃小隊長小島少尉ら8名は破壊を行い、ほかの者は堤防を守っているかのように装っていた。当時、私は重機関銃分隊上等兵で、その破壊活動に参加し、円匙で50センチ堤防を切り崩した。」[5]
- 女性国際戦犯法廷で慰安婦に関する証言をおこなったが、NHKの番組では鈴木良雄の証言ともどもカットされ放送されなかった[6]。
- 検事役「あなたが見た慰安所というのは、女性たちは自分たちの意志で来ていた人たちですか。」金子「違います。日本には公娼制度というのがあり、それは営業であり金儲けです。しかし、そこで働いている人は、みんな苦しいから働いているんです。金で縛られているから自由に行動できない。そこに慰安婦の慰安婦らしいところがあるんです」
- 検事役「慰安所があることは強姦の防止に役立ったと思いますか。」金子「役立っていません。慰安所にいって1円50銭払うんだったら、強姦だったらただです。我々の月給というのは、だいたい一等兵で8円80銭くらい、上等兵で11円くらい。その中から強制的に貯金をとられるんです。ですから金があまりありませんから、1円50銭払うくらいだったら、作戦にいって強姦をした方がただだというような考えがありました」
- 検事役「あなた自身も、そういう考えの中で強姦に加わったことがありますか。」金子「あります。昭和18年、作戦にまいりました。その時にある部落で若い兵隊が一人の若い女性を連れてきました。21、2歳でしょうか。それを、6人の兵隊でくじ引きをひいて順番を決めて、ひとりひとりその女を輪姦しました。こういう事実がございます。」
- 小林よしのりの『戦争論』を批判して
- 「日本が15年間も続けた中国侵略戦争の中で数々の罪過を犯してきたことは明白な事実である」
- 「小林氏に申したい。ウソはいけない。昔から嘘は泥棒の始まりという。まして『戦争論』の中に出てくる侵略戦争は殺人強盗と同じだ。武器を持って他国に入り物を略奪する逆らえば殺す。『戦争論』を書くなら戦争の怖さや残酷さ、そして悲しさをよく検証して2度とこのような過ちがないように歴史の真実を正確に教えるべきだ」[2]
- 秦郁彦の雑誌での発言[4]を批判して