金子武蔵
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1905年、高知県で実業家・金子直吉の次男として生まれた。第三高等学校を経て、東京帝国大学文学部哲学科を卒業。
法政大学教員などを経て、1935年に東京帝国大学倫理学講座講師に就任。1938年、同助教授に昇格[1]。1945年、学位論文『ヘーゲルの国家論』を東京帝国大学に提出して文学博士号を取得[2]。
和辻哲郎の後任として東京大学倫理学科教授となった。1957年2月2日、実存主義協会を設立し、機関誌『実存主義』を通して日本における研究をリードした[3]。学内では文学部長を務め、1965年に東京大学を定年退官。その後は、北海道大学教授、成蹊大学教授、国際基督教大学教授を務めた。1977年、日本学士院会員に選出。また、国語審議会委員、日本倫理学会会長などを務めた。