金子陽向
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経歴
横浜市立万騎が原中学校、川崎市立橘高等学校卒業。橘高の2学年先輩にプロランナーの信櫻空がいる。
大学1年次
故障のため全日本大学女子駅伝、富士山女子駅伝への出走はなかった。名城大学が勝ち続ける姿を見て、どうしたら名城大に勝てるのかと同学年の兼子心晴や髙橋葵と話し合った。
大学2年次
2年生ながら駅伝主将を任せられる。デビュー戦の全日本大学女子駅伝では6区3位、富士山女子駅伝では7区10位の成績を残した。
大学3年次
1学年先輩の田代なのはに主将を譲った。全日本大学女子駅伝では5区9位、富士山女子駅伝では4区3位の成績を残した。
大学4年次
全日本大学女子駅伝では1区の本間香、2区の兼子、3区の大西由菜の3区間連続区間新記録(大西のみ区間賞ではない)で流れを作ると、6区を走り、谷本七星の区間記録を11秒更新する区間賞の走りで25年ぶりの優勝に貢献した。富士山女子駅伝では髙橋だけでなく石川苺も怪我で走れないという状況の中、前回髙橋が走った5区を引き継ぎ、区間6位と粘った。最後は大西が大東文化大、東北福祉大を逆転し初優勝となった。
卒業後は浜松医科大学で看護学を学びながら陸上競技部にも入っている兼子、しまむら女子陸上競技部の髙橋と異なり、陸上競技からは引退した。