1995年にサムスン・ライオンズに入団した。当時の入団同期生には李承燁がいた。入団当時は「左承燁、右秀官」と呼ばれるほど期待値が高かった。しかし、李承燁と梁埈赫がチーム内の中心打線をリードしていたことで活躍の場が代打程度に限られた。
そして入団後ほとんどの時間を2軍で過ごし「2軍の本塁打王」というありがたくない称号を得た。
2004年7月12日、チーム無断離脱事件を起こした投手の盧長震ともにロッテジャイアンツにトレードされた[1]。
ロッテでは主に一塁手として起用され、2006年7月16日古巣・三星戦では決勝3点本塁打を放った。
しかし三塁手の李大浩が一塁手に転向したため彼は再び居場所を失い、2007年にはわずか5試合の出場にとどまった。
同年のシーズン終了後に放出され、現役から引退した。
引退後は2015年にロッテのコーチとして招待された。2019年に退任。