金森九郎
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東京都渋谷区出身[3]。牧師・金森通倫の四男[1]。5歳の時に母が亡くなり、長姉の三寿子が母代わりとなる[4]。
1925年、旧制東京高等師範学校附属中学校を卒業した[5]。その後、旧制静岡高等学校を卒業した[6]。1932年、東京帝国大学工学部冶金学科を卒業した[1][2]。日鉄、八幡製鉄所に入り、広畑製鉄所研究所各勤務の後、1942年に東京帝国大学第二工学部冶金学科助教授となり、1945年には教授に就任する[1][2]。
1955年に世界最小の温度調節溶鉱炉を完成させた[1][2]。1962年、富士製鉄取締役に就任した。後に常務に就任し、1967年に退任する[1][2]。1977年死去。死没日付をもって勲四等旭日小綬章を追贈され、従六位から従四位、さらに正四位に進階した[7][8]。墓所は多磨霊園(15-1-13)。