金殷夏
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京畿道仁川府(現・仁川広域市弥鄒忽区)に生まれた[2]。東山高等学校を卒業した後、東国大学校政治学科に進学した。解放直後は右翼系の青年団体「仁川学生応援隊」の隊長として活動し、モスクワ三国外相会議の後に反託運動に積極的に参加した。東国大学在学中には他に全国学生連盟ソウル市委員長、京仁通学生学友会長、国防部政訓局仁川地区派遣隊調査隊長、郷土防衛隊副隊長などの活動をした[2]。1953年から仁川市議会議員を務め、総選挙での2回の落選を経て、1963年11月26日の第6代総選挙での当選より1985年の第12代総選挙での落選まで、6期にわたって大韓民国国会議員を務めた。また、新民党院内総務・政務委員・京畿道支部長、民主韓国党首席副総裁、統一民主党党務委員、第11代国会の国会副議長を歴任した[2][3]。