1等航空機操縦士試験、1等航空機航行士試験に合格した[1]。
1960年11月23日に行われた第5代国会第37回第48次国会本会議で憲法改正案についての討論中、張暻根(朝鮮語版)の逃亡にあたって張勉総理の国会への出席に反対する発言をした民主党(新派)の鄭南奎(朝鮮語版)に対し、民主党旧派に属する金は議席上から「やめろ、やめろ」と野次を飛ばした。国会議長の郭尚勲に「座ってください」と注意されるも金は「この犬野郎め!」と言い、これに対し鄭は「犬野郎とは誰が犬野郎だ!」と反応し、場内が騒然となった。これにより金は議長によって「発言を中止してください、退場してください。一度や二度ではなく、神聖な議事堂内で犬野郎(なおこの際、議長は『野郎』に当たる部分を金永修の使用した『セッキ(새끼)』ではなく『子息(チャシク、자식)』と言い、発言をそのまま使わず表現を緩めている)だの牛野郎だのこんな禽獣悖説(卑猥で下種張った話)をするということは、議事の責任上、ここにいさせては議事進行ができないので退場してください(要約)。」として退席を命じた。このとき、議長は議場内の議員全体に向けても議場内の発言に気をつけるよう注意した。だが、次に答弁した民主党(旧派)の曺泳珪が演説のはじめに議長に対し金の議場への復帰を求める請願をし、結果として復帰が許可され、再び議場に復帰した[4]。