金華黄先生文集
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著者の黄溍は婺州義烏県の出身。元代で始めて行われた科挙で延祐2年(1315年)に進士になった人物であった[1]。
貢師泰の序によると、最初の3巻は黄溍が登第する以前の作を危素が纏めたもので、続葉40巻(4〜43巻)はそれ以後の作品を門人の王緯・宋濂が編したものであるという[1]。その他、正統3年(1438年)に元刊本に足らない部分を補刊した『黄文献公集』23巻があり、これは黄溍の没後に家蔵の『日損斎藁』25巻を定本としたものであるという[1]。清代には虞守愚・張倹が『黄文献公集』23巻本を節略したものを『黄文献集』10巻本として嘉靖10年(1531年)に刊行しており、これが『四庫全書』に収録されている[1]。
以上の諸刊本で最も優れているのは43巻本で、常熟瞿氏・上元・そして日本の静嘉堂文庫の至正刊本を底本としたものが『四部叢刊初編』に収録されている[1]。内容としては、最初の3巻は詩2巻・文1巻で、続葉40巻は詩3巻・文37巻より成る[1]。魯国公札刺爾公神道碑・遜都台公墓誌銘など『元史』に収録されていない貴重な史料が多数収録されており、元代史研究にも多々用いられている[2]。