浜金谷港
千葉県富津市にある港湾
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概要

東京湾東岸の浦賀水道沿いに位置し、1955年(昭和30年)に港湾法上の地方港湾として港湾区域の認可を受け開港する。その後、1978年(昭和53年)7月、富津市に代って千葉県が港湾管理者となる[1]。国連欧州経済委員会(UNECE)が制定している海港コード(UN/LOCODE)は「JP_HKW」[2][3]。
浜金谷港は対岸の久里浜との間にカーフェリーが就航するに至り、南房総の玄関口として地域の発展に大きく寄与するところとなる。東海汽船(旧:東京汽船)が1889年(明治22年)11月14日、当時の実業界の大立者渋沢栄一の構想と協力により設立し、翌15日から営業を開始[4]。当時の母体であった第二房州汽船等により神奈川側の川崎、横浜、横須賀、浦賀、久里浜などから千葉県側の五井、木更津、富津等を東京湾を覆う網の目のように航路があったものの、房総半島の鉄道が整備されたと同時にその役目を終え、航路の撤退が相次いだ[5][6]。
1951年(昭和26年)に東京汽船の出資により設立した東京湾フェリー(旧:東亜海運[7])が一部航路を引き継ぎ、1960年(昭和35年)5月に金谷港 - 久里浜港間航路で2隻による自動車航送を開始[8]。
1964年(昭和39年)3月28日 - 浦賀港 - 金谷港間航路を廃止し、東京湾フェリーの金谷港 - 久里浜港間航路が現在にまで至る。
現在は公共ふ頭が整備され、主としてフェリーと砂利・砂積出港として利用されている。また、金谷フェリーサービスセンターには夕日が最も美しく見える場所として恋人の聖地モニュメント「幸せの鐘」が設置されている[9]。
港湾施設

けい留施設
| 対象
番号 |
バース名 | 延長
(メートル) |
所定水深
(メートル) |
エプロン幅
(メートル) |
対象船舶
(重量トン数) |
構造・様式 | 備考(供用年) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 北港A岸壁 | 74 | -5.0 | 15.0 | 1,000 | 重力式 | 供用中(平成2年) |
| 2 | 北港B岸壁 | 77 | -5.0 | 15.0 | 1,000 | 重力式 | 供用中(平成3年) |
| 3 | 南港物揚場 | 135 | -4.0 | 10.0 | 500 | 重力式 | 供用中(昭和58年) |
| 4 | 南港船揚場 | 60 | -4.0 | 10総トン | コンクリートブロック | 供用中(昭和35年) |
荷捌地
| 対象番号 | 名称 | 面積(平方メートル) |
|---|---|---|
| 5 | 1号荷捌地 | 1,376 |
| 6 | 2号荷捌地 | 2,664 |
| 7 | 3号荷捌地 | 3,460 |


