金賞
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父は武帝に信任された金日磾。武帝の死後、昭帝を後見した霍光は、娘と金賞を結婚させた[1]。
始元2年(紀元前85年)に父をなくし、父のあとを継いで秺侯になった[2]。当時、昭帝もまた幼く、金賞は奉車都尉として、弟の金建は駙馬都尉として、年が近い昭帝と起居をともにした[1]。兄弟がまだ8、9歳かそれより幼い頃である[1]。昭帝は元平元年(紀元前74年)に病死した。
地節2年(紀元前68年)の霍光の死後、宣帝の信頼を失った霍氏に謀反のきざしが見えると、金賞は妻を離縁した[3]。霍氏は地節4年(紀元前66年)に一族が誅殺されたが、離縁した金賞は連座を免れた[3]。
金賞は甘露4年(紀元前51年)に太僕になり、侍中を兼ねた[4]
元帝のとき、永光元年(紀元前43年)に光禄勲になったが、翌永光2年(紀元前42年)に死んだ[5]。子がなく、秺侯は除かれた[2]。