中世遠野を領した阿曾沼氏が、遠野と沿岸部の領地釜石郷を結ぶ道として開いたと思われる[1]。
藩政時代、閉伊郡横田村を抜け、仙人峠を越えて甲子川沿いにくだり閉伊郡平田村で浜街道に合流する街道。
文政8年(1825年)、小川川をさかのぼり佐比内村(遠野市)に出て遠野に行く小川新道がつくられた。仙人峠のような険もないため利用する者も多かったが、甲子町から反対運動が起り、まもなく廃止となった[1]。
幕末に釜石鉱山が開発されると、以降は釜石へのルートが幹線となり、明治14年(1881年)の県統計書で三等県道として「釜石街道」があげられている。