釧路ラーメン
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起源は諸説ある。まず、大正時代に釧路の食堂(大町の太陽亭という洋食屋[2]、中華料理屋[1]など諸説)に横浜から来た料理人が持ち込んだラーメンが発祥であるという話がある。そのラーメンとは小麦粉・鶏卵・塩・かん水をよく練りあわせ中国風に仕立てた細麺と豚骨スープのもので、当時は支那そばと呼ばれているものだった。これを釧路の風土に合うよう味を改良し、昭和初期にかけて屋台で作られたものが原点という説である[1]。
太平洋戦争を経て、1950年代初頭から屋台が復活しその数を増やしていき、屋台ラーメンの組合も登場した。北洋漁業の全盛期には、港に入る漁船の漁師達を目当てにした屋台がずらりと岸壁に並ぶほどだった[1]。この際に、寒い海から帰った漁師達に少しでも早く温かいラーメンを出すために茹で時間の短縮を計り、その結果麺が細くなったという説もある[3]。なお、釧路ラーメンの細ちぢれ麺の茹で上げ時間は1分30秒程度[2]。
他に、誕生当時の釧路ラーメンのスープは鰹節から取る出汁のみで非常にあっさりとした素朴な味であったために、それに合う細麺を好む人が多かったという説がある[3]。
