釧路市上下水道部

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種類 公営企業
本社所在地 日本の旗 日本
085-0841
北海道釧路市南大通2丁目1番
北緯42度58分42.82秒 東経144度22分59.83秒 / 北緯42.9785611度 東経144.3832861度 / 42.9785611; 144.3832861座標: 北緯42度58分42.82秒 東経144度22分59.83秒 / 北緯42.9785611度 東経144.3832861度 / 42.9785611; 144.3832861
業種 水道業
事業内容 上下水道
釧路市上下水道部
種類 公営企業
本社所在地 日本の旗 日本
085-0841
北海道釧路市南大通2丁目1番
北緯42度58分42.82秒 東経144度22分59.83秒 / 北緯42.9785611度 東経144.3832861度 / 42.9785611; 144.3832861座標: 北緯42度58分42.82秒 東経144度22分59.83秒 / 北緯42.9785611度 東経144.3832861度 / 42.9785611; 144.3832861
業種 水道業
事業内容 上下水道
所有者 釧路市
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釧路市上下水道部(くしろしじょうげすいどうぶ)は北海道釧路市上下水道を運営する公営企業である[1]。本項では平成の大合併で釧路市と合併した阿寒町音別町の上下水道および、釧路町の上水道についても記載する。

釧路市南大通に位置し、釧路市(旧阿寒町、音別町を含む)の上下水道および釧路町のセチリ太地区(光和、新開、北見団地、桂、桂木、木場、若葉、国誉、曙、睦、北都、豊美、富原、雁来、雪里)、別保地区(別保、別保南、別保東、別保原野)、東陽・中央地区(東陽西、東洋大通西、中央)、遠矢地区(釧望台、床丹、わらび、河畔、遠矢南、鳥里、遠矢、よし野、鳥通西、鳥通東、南陽台)への上水供給事業を行っている[2]

歴史

平成の大合併後も釧路市、阿寒町、音別町の各水道は接続されていないため、本節では旧自治体ごとに記載する。

旧釧路市

釧路市街地の井戸は総数の3分の1程度は飲料不適であったため、住民は1荷[注釈 1]10銭で飲料水を購入していた[3]。市街地は木造建築物の多さと防火用水の不足によって大火が頻発しており、大正初期だけで1913年(大正2年)、1919年(大正8年)、1923年(大正12年)と3度の大火に見舞われた[4]。そのような事情から1914年(大正3年)ごろから水道敷設運動が巻き起こり、翌1915年(大正4年)に工事の計画まで立てられたものの第一次世界大戦による物資の高騰で工事は中止された[3]。その後市制施行後の1923年(大正12年)2月に釧路市は水道敷設の認可を申請、翌1924年(大正13年)7月に事業認可を得て同年11月に着工した[4]。現在の春湖台にあたる場所に別保川を水源とする鶴ケ岱浄水場が作られ1927年(昭和2年)1月1日より給水を開始、1930年(昭和5年)5月31日に竣工した[4]

隣接する鳥取町では一部民間の水道が敷設、利用されていたものの殆どの住民は釧路市街同様飲料水の確保に苦労していた。そのため釧路市の水道が敷設されると鳥取町の住民からは分水の要望が出された。鳥取町の合併までに分水が行われることは無かったものの、1949年(昭和24年)に釧路市が鳥取町と合併すると直ちに鳥取地区に配水管の拡張がなされ、翌1950年(昭和25年)に給水を開始している[4]

1955年(昭和30年)には釧路地域の下水道事業に着手[5]1957年(昭和32年)には愛国浄水場の建設が始められ、1959年(昭和34年)に一部給水を開始、1963年(昭和38年)に竣工した[4]1966年(昭和41年)に釧路市が釧路村セチリ太に貯木場と木工団地を造成した際には村の同意を得て釧路村セチリ太に上水の供給を開始した[4]。その後釧路町の要請もあって現在では釧路町の広い範囲が釧路市の上水供給範囲となっている[4]

阿寒町

阿寒市街の水道は1956年(昭和31年)創設の阿寒村市街簡易水道、1967年(昭和42年)創設の布伏内簡易水道、1968年(昭和43年)創設の雄別簡易水道の3つに分かれ、上水供給を行っていた。1972年(昭和47年)に阿寒町は3簡易水道を統合し、雄別簡易水道を拡張した阿寒上水道事業へと変更した[4]。しかし雄別炭鉱の閉山によって雄別布伏内の人口が激減したことで給水人口が5000人以下となるため1986年(昭和61年)に簡易水道事業に変更、浄水場を布伏内に移転し水源もシュンクシタカラ川に変更した[4]

阿寒湖畔では1958年(昭和33年)に阿寒湖畔簡易水道が給水を開始、飽別地区では1987年(昭和62年)に飽別営農用水道事業が設立され、2010年(平成22年)に簡易水道事業が新設されている[4]

音別町

音別町では1958年(昭和33年)に音別町簡易水道事業の認可を得て音別市街への上水供給を、1962年(昭和37年)に直別地区簡易水道事業の認可を得て直別地区への上水供給を、1979年(昭和54年)に二俣地区へ二俣飲料水供給事業による上水供給がなされている[4]。なお、直別地区簡易水道事業は2003年(平成15年)に音別町簡易水道事業に統合されている[4]

沿革

設備

脚注

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