鈴木勉

From Wikipedia, the free encyclopedia

鈴木 勉 (すずき つとむ、1949年1月25日 - 1998年5月6日)は、書体デザイナー写研出身。独立して字游工房を設立し、その礎を築いた。

横浜市鶴見区出身[1]1969年、東京デザイナー学院を卒業し、写研(当時は「写真植字機研究所」)に入社。

1972年、同社の「石井賞創作タイプフェイスコンテスト」で第1位を獲得。後にこの書体を調整して、「スーボ」として写植文字盤が発売される。この書体は翌年、『日本タイポグラフィー年鑑』に掲載された。この応募時には、オープンなコンテストである石井賞に同社の社員が参加して公平が保てるのかという意見があったが、審査に際し氏名を隠すことで審査員は対処した。

1974年、第3回の石井賞で2回連続の第1位を獲得。この書体が後の「スーシャ」。ただし受賞時の書体を微調整してリリースしたものではなく、写研の社長石井裕子の指摘によって修正作業が入っている。

1989年、写研を退職。有限会社字游工房設立。当時のメンバーは鈴木と鳥海修(のちの字游工房社長)、片田啓一の3人。

1998年、49歳で死去。

代表的な作品

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI