鈴木英貴
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早稲田大学を2年で中退し[1]、1980年よりアメリカに渡る。当時世界でも最難のクラックルートと言われた[誰によって?]カリフォルニア・ジョシュア・ツリーの“Stingray(5.13d)”フリー初登を筆頭に全米で数々のルートを初登・開拓。
渡米前は国内でアルパイン・クライミングをしており、未だ再登されていない甲斐駒ヶ岳赤石沢左方ルンゼ 冬季単独初登などの記録を持つ。
1990年後半、ボルダリングムーブメントの先陣を切ってビショップ (カリフォルニア州)に移住。1998年から2000年の3年間はビショップでボルダリングを半年、残りの半年はフランスのブリアンソンでルートクライミングをする生活を送った。
2001年夏に訪れたノースショア (オアフ島)でカイトサーフィンに出会い、2002年4月に同地へ移住。カイトサーフィンのインストラクターなどを行う。2014年に日本へ一時帰国した。
主な登攀ルート
フリークライミング
- 1986年 Golden Beaver(5.12c) アリゾナ州マウントレモン(リードで初登)[2]
- 1988年 Stingray(5.13d) ジョシュア・ツリー(初登)[3]
- 1988年 Grand Illusion(5.13b/c) レイクタホ(レッドポイントでの初登)[4]
- Star Wars Crack[注 1](5.13a) レイクタホ(初登)[5]
- Crimson Cringe(5.12b) ヨセミテ
- Hang Dog Flyer(5.12c) ヨセミテ
- Tales of Power(5.12b) ヨセミテ
- Cosmic Debris(5.13b) ヨセミテ
- 1984年 Sphinx Crack(5.13b) コロラドスプリングス[6]
ビッグウォール(エイドクライミング)
フリークライミングのレジェンドのイメージ[誰の?]が強い[独自研究?]がヨセミテのエルキャピタンをクラシックルートやノーズのワンデイアッセント(1日での登頂)を含め25回登頂している。
- 1979年 ヨセミテ ハーフドーム北西壁
- 1979年 ヨセミテ エル・キャピタン サラテ、ノーズ
- 1980年 ヨセミテ ハーフドーム北西壁ダイレクト
- 1980年 ヨセミテ エル・キャピタン ウエストフェース、アクエリアンウォール
アルパインクライミング
渡米前、国内でのアルパイン・クライミングを行っていた。