大阪府入庁。1996年4月、高田常三郎の後任として人事委員会事務局長[1]。1997年5月、同職を片岡健彦と交代し灘本正博の後任として商工部長[2]。1999年7月、同職を山田信治と交代し今堀富三の後任として出納長[3]。2001年4月、同職を小坂裕次郎と交代し大阪府副知事就任。自身の若手職員時代で、唯一の革新府政だった黒田了一元知事について「老人医療費の無料化も、府立高校の増設も、黒田府政の施策は時代の要請にこたえた結果。当時としては正しかった」と話した[4]。大阪府庁退職後の2005年5月、大阪府住宅供給公社理事長。2007年6月、同職退任[5]。