鉾立村 日本の岡山県児島郡にあった村 From Wikipedia, the free encyclopedia 鉾立村(ほこたてそん[1]、ほこたてむら[2])は、岡山県児島郡にあった村。現在の玉野市の一部にあたる。 廃止日 1954年3月1日廃止理由 新設合併鉾立村・胸上村 → 東児町現在の自治体 玉野市国 日本概要 ほこたてそん 鉾立村, 廃止日 ...ほこたてそん鉾立村廃止日 1954年3月1日廃止理由 新設合併鉾立村・胸上村 → 東児町現在の自治体 玉野市廃止時点のデータ国 日本地方 中国地方(山陽地方)都道府県 岡山県郡 児島郡市町村コード なし(導入前に廃止)総人口 2,484人(国勢調査、1950年)隣接自治体 小串村、岡山市、胸上村鉾立村役場所在地 岡山県児島郡鉾立村大字北方ウィキプロジェクトテンプレートを表示閉じる 地理 児島半島の東部、長谷川の流域に位置していた[2]。 海洋:瀬戸内海[2] 河川:長谷川 山:八丈岩山・貝殻山・東光寺山 歴史 1889年(明治22年)6月1日 - 町村制の施行により、児島郡番田村、北方村、上山坂村、下山坂村の区域をもって成立[1][2]。旧村名を継承した番田、北方、上山坂、下山坂の4大字を編成[2]。 1954年(昭和29年)3月1日 - 児島郡胸上村と新設合併して東児町が発足。同日鉾立村廃止[1][2]。大字は東児町に継承[2]。 地名の由来 神功皇后が三韓征伐の時、番田の小島(現・鉾島)に立ち寄り鉾を立てて戦勝を祈ったことから[2]。ただし、地名研究家の楠原佑介は、「鉾島」と八丈岩山上に存在する地形「立石」の合成であり、先述の由来は村の成立後に創作されたものとしている[3]。 産業 農業[4]、製塩[5][2]、醤油[5] 教育 1894年(明治27年)、高等清水小学校を継承し東児高等小学校設立[2]。1911年(明治44年)鉾立尋常小学校、1947年(昭和22年)鉾立小学校に改称[2]。1947年、鉾立・小串・胸上3か村組合立東児中学校開校[2]。 脚注 [1]『市町村名変遷辞典』710頁。 [2]『角川日本地名大辞典 33 岡山県』1112-1113頁。 [3]楠原佑介『こんな市名はもういらない! 歴史的・伝統的地名保存マニュアル』東京堂出版、76-79頁。 [4]「北方〈玉野市〉」『角川日本地名大辞典 33 岡山県』380-381頁。 [5]「番田〈玉野市〉」『角川日本地名大辞典 33 岡山県』918頁。 参考文献 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 33 岡山県、角川書店、1989年7月。ISBN 4040013301。 地名情報資料室 編『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年9月。ISBN 4490102801。 関連項目 岡山県の廃止市町村一覧 Related Articles