錦江町・町民歌

From Wikipedia, the free encyclopedia

錦江町・町民歌」(きんこうちょう ちょうみんか)は、日本鹿児島県肝属郡錦江町2007年平成19年)に制定した町民歌である。作詞・森永國昭、補作・志賀大介、作曲・池田八声

作詞 森永國昭
志賀大介(補作)
作曲 池田八声
採用時期 2007年10月
言語 日本語
概要 錦江町・町民歌, 作詞 ...
錦江町・町民歌

町民歌の対象
錦江町

作詞 森永國昭
志賀大介(補作)
作曲 池田八声
採用時期 2007年10月
言語 日本語
テンプレートを表示
閉じる

本記事では、錦江町の前身自治体である肝属郡大根占町および田代町が制定していた町民歌についても解説する。

解説

平成の大合併により、2005年(平成17年)に肝属郡大根占町と田代町の合併で発足した錦江町の町民歌である。2町いずれも町民歌を制定していたが、大根占町・田代町合併協議会で「町章,町の木,町の花,町民歌及び町民憲章については,新町において新たに定める」と取り決められたことを受け[1]、合併当日の3月22日を以て2曲いずれも廃止された。

錦江町発足後は合併協定に基づいて直ちに新町民歌制定の準備が進められ、歌詞の懸賞募集により92篇の応募作から選ばれた入選作品を専業の志賀大介が補作したものを採用とし、合併から2年半後の2007年(平成19年)10月に完成した[2]。錦江町役場では町民歌の他に町民愛唱歌「夢の花咲く」と新民謡よさこいKINKO」をカップリングしたCDを自主制作している[3]

旧町民歌

以下は合併により錦江町となった肝属郡大根占町および田代町が制定していた町民歌である。2曲いずれも合併により廃止されているが、町民歌のレコードでそれぞれB面に収録されていた「大根占小唄」および「田代音頭」は合併後に作られた錦江町の町民愛唱歌「夢の花咲く」と併せて町民体育大会で演奏されている[4]

大根占町町民歌

概要 大根占町町民歌, 作詞 ...
大根占町町民歌

町民歌の対象
大根占町

作詞 小川瑠美子
作曲 番園済治
採用時期 1969年10月10日[5]
言語 日本語
テンプレートを表示
閉じる

大根占町町民歌」(おおねじめちょうちょうみんか)は、1969年(昭和44年)10月10日に制定された[5]。作詞・小川瑠美子、作曲・番園済治[6]

前年の1968年(昭和43年)に全国で執り行われた明治百年記念事業として制定が企画され、町章のデザインと併せて歌詞の懸賞募集が行われた[5]。発表演奏は翌年10月10日の体育の日に合わせて開催された町民体育大会のプログラムとして行われている[5]。町民歌の制定以前には新民謡「大根占小唄」が1953年(昭和28年)に選定されており[1]、大根占町役場では町民歌と小唄を収録したレコードを製造・頒布していた[6]

田代町民歌

概要 田代町民歌, 作詞 ...
田代町民歌

町民歌の対象
田代町 (鹿児島県)

作詞 橋口正則
作曲 土肥寛展
採用時期 1981年4月1日[1]
言語 日本語
テンプレートを表示
閉じる

田代町民歌」(たしろちょうみんか)は肝属郡田代町の町制20周年記念事業として、1981年(昭和56年)4月1日に町民音頭「田代音頭」と併せて制定された[1]。作詞・橋口正則、作曲・土肥寛展。

2曲いずれも東芝EMI(のちユニバーサルミュージック・EMI Records)によりシングル盤規格品番:F4R-6137)が作られており、A面の「田代町民歌」は東京アカデミー合唱団、B面の「田代音頭」は万里知子がそれぞれ歌唱している。

なお秋田県北秋田郡田代町でも1974年(昭和49年)に鹿児島県肝属郡と同名異曲の「田代町民歌」(作詞:紅川草一、作曲:大山会三郎)を制定していたが、両曲とも平成の大合併で制定主体の町が消滅したことにより2005年(平成17年)に廃止された。

出典

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI