鎌倉カーニバル
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1934年、小説家であり鎌倉町会議員(当時)でもあった久米正雄は、フランスのニースで観た謝肉祭(カーニバル)に触発され、地元の鎌倉でもカーニバルを行うことを立案して第1回鎌倉カーニバルの実行委員長に就任し、大佛次郎など鎌倉文士村を形成していた作家仲間や地域住民とともにイベントを立ち上げた[1]。若宮大路で行われたビックパレードには数十万人の観客が訪れ、たちまち鎌倉の夏の風物詩となった[2]。
戦時中に8年間中断されたものの、終戦後の1947年(昭和22年)に復活し、漫画家の横山隆一らがカーニバルに参加したことで話題を集めた。庶民が娯楽に飢えていた時代でもあり、1948年(昭和23年)度の初日には20万人もの人出があった。1950年代には、映画各社が宣伝のための山車を出していた[3]。
しかし、1960年代になるとスポンサー探しが難航し、マイカーブームにより市内の交通事情が悪化したことなどから、1962年を最後にカーニバルは中止された[4]。
中止から54年後の2016年より、由比ヶ浜で開催されている鎌倉ビーチフェスタとの同時イベントにおいて、鎌倉市民カーニバルの名前で同様のカーニバルが復活している。