鏑木享
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| 名前 | ||||||
| 愛称 | カブ[1][2]、スーパーカブ[3][4] | |||||
| カタカナ | カブラギ トオル | |||||
| ラテン文字 | KABURAGI Toru | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1976年4月18日(49歳) | |||||
| 出身地 | 茨城県東茨城郡美野里町 | |||||
| 身長 | 175cm[5] | |||||
| 体重 | 65kg[5] | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | FW[1] | |||||
| 利き足 | 右足[1] | |||||
| ユース | ||||||
| 1983-1988 |
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| 1989-1991 |
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| 1992-1994 |
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| 1995-1998 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1999-2001 |
| 46 | (4) | |||
| 2002 |
| 5 | (0) | |||
| 2004-2005 |
| 11 | (7) | |||
| 2008 |
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| 通算 | 62 | (11) | ||||
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
鏑木 享(かぶらぎ とおる、1976年4月18日 - )は、茨城県東茨城郡美野里町 (現 小美玉市)出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード(FW)。
小学校2年生の時にサッカーを始める[2]。1992年に水戸短期大学付属高校に入学し、2年生・3年生時に全国高校選手権に出場[2]。1995年、国士舘大学に進学し、サッカー部に所属。同期には熱田眞、金沢浄、小林稔、齋藤誠一、富永英明らがおり、在部中の4年間に関東大学リーグ1部で3度、インカレで2度の優勝を果たした[2]。1998年には新たに参入したJFLで活躍し[5]、同リーグに所属する東京ガスサッカー部監督大熊清の推薦を受けて[6]オールスター戦に出場[2]。この試合で2アシストと結果を残し、プロの舞台でも通用するという手応えを掴んだ[6]。
1999年、大学を卒業し[2]大熊率いるFC東京へ加入。「やったことが無かった」という左サイドハーフで、がむしゃらに走り奮闘[6]。スピードと大一番での勝負強さを武器にチームを勢い付け[4][6]、変幻自在のトリッキーなプレーで相手を翻弄[7]。ドレッドロックスの長髪をトレードマークとして「スーパーカブ」の愛称で親しまれた[3][5]。
2002年よりアルビレックス新潟に移籍[8][9]。2004年の終盤から松本山雅FCへ移籍。2試合の出場ながら第13節では得点を挙げ、第14節ではPKを獲得した[10]。2005年途中より松本へ正式加入したが[5]、同年限りで退団した[11]。
所属クラブ
- 美野里町立堅倉小学校[2]
- 美野里町立美野里中学校[2]
- 1992年 - 1994年 水戸短期大学付属高等学校
- 1995年 - 1998年 国士舘大学サッカー部
- 1999年 - 2001年 FC東京
- 2002年 アルビレックス新潟
- 2004年10月 - 2005年 松本山雅FC
- 2008年 東京ベイフットボールクラブ