鏡味健二郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 本名鈴木(すずき) 茂男(しげお)生年月日1935年3月21日没年月日 (2020-05-16) 2020年5月16日(85歳没)出身地 日本・東京都台東区黒門町 鏡味(かがみ) 健二郎(けんじろう) 本名 鈴木(すずき) 茂男(しげお) 生年月日 1935年3月21日 没年月日 (2020-05-16) 2020年5月16日(85歳没) 出身地 日本・東京都台東区黒門町 死没地 日本・東京都 師匠 鏡味時二郎 活動期間 1947年 - 2020年 活動内容 太神楽曲芸 家族 5代目古今亭今輔(父) 所属 太神楽曲芸協会落語芸術協会 備考 落語芸術協会参与元キャンデーボーイズ 表示 鏡味 健二郎(かがみ けんじろう、1935年3月21日 - 2020年5月16日)は、日本の太神楽曲芸師。本名:鈴木 茂男。東京都台東区出身。実父は、5代目古今亭今輔。太神楽曲芸協会および落語芸術協会(参与)会員。 伝記の記載を年譜形式のみとすることは推奨されていません。 人物の伝記は流れのあるまとまった文章で記述し、年譜は補助的な使用にとどめてください。(2020年5月) 1935年、五代目古今亭今輔の二男として生まれる。 1947年、父親が「落語は人気が出ない」と見込み、曲芸師にさせるため、鏡味時二郎に師事させる。 1948年、初舞台。 1951年、鏡味次郎、孝司(亭号不明)とキャンデーボーイズを結成する。以後、芸術協会の寄席に出演。 1955年、三代目鏡味小仙(現在の仙翁、江戸太神楽十三代目家元)がキャンデーボーイズに参加。 1959年、小仙が脱退。 1970年、翁家喜楽が参加。 1992年、喜楽が娘の喜乃とコンビを組むため、キャンデーブラザースとコンビ名を改称。 2007年、鏡味次郎死去以降は、1人で活動を行っていた。 2016年9月15日、浅草演芸ホールでの高座が最後の寄席出演となる。以降は事実上寄席への出演は引退状態となった。なお、2019年の正月初席では「寿獅子」で太鼓演奏を披露していた[1]。 2020年5月16日、中咽頭がんのため、東京都の自宅で死去[1][2]。85歳没。墓所は新宿区顕性寺。 関連項目 兄弟弟子 鏡味次郎…1932年生まれ、1945年入門。師である鏡味時二郎は実の父親。 鏡味繁二郎…1943年生まれ、1956年入門。 鏡味勇二郎…1944年生まれ。1955年入門。 繁二郎、勇二郎はボンボンブラザースを結成し、現在も寄席の高座に上がっている。 脚注 1 2 【訃報】 鏡味健二郎 - 落語芸術協会 2020年5月20日 ↑ “元キャンデーボーイズ鏡味健二郎さん死去 中咽頭がん 85歳”. スポーツ報知. (2020年5月20日). https://hochi.news/articles/20200520-OHT1T50041.html 2020年5月20日閲覧。 {{cite news}}: CS1メンテナンス: 先頭の0を省略したymd形式の日付 (カテゴリ) この項目は、お笑いタレント・コメディアン(これらの関連記事を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:お笑い/PJ:お笑い)。表示編集 Related Articles