長勝寺 (江戸川区)
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位置
北緯35度41分24秒 東経139度52分40秒 / 北緯35.69000度 東経139.87778度座標: 北緯35度41分24秒 東経139度52分40秒 / 北緯35.69000度 東経139.87778度
山号
利栄山
宗派
日蓮宗
| 長勝寺 | |
|---|---|
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| 所在地 | 東京都江戸川区一之江六丁目19番15号 |
| 位置 | 北緯35度41分24秒 東経139度52分40秒 / 北緯35.69000度 東経139.87778度座標: 北緯35度41分24秒 東経139度52分40秒 / 北緯35.69000度 東経139.87778度 |
| 山号 | 利栄山 |
| 宗派 | 日蓮宗 |
| 開山 | 天正11年(1583年) |
| 開基 | 日信 |
| 正式名 | 利栄山 長勝寺 |
| 別称 | 中寺(なかでら) |
| 法人番号 | 9011705000135 |
長勝寺(ちょうしょうじ)は東京都江戸川区一之江六丁目にある日蓮宗の寺院である。山号は利栄山。天正11年(1583年)に善学院日信が開山したため善学院とも称す。開祖・日信は妙覚寺9世・日住の弟子で、長勝寺は当初、妙覚寺の塔頭であった。旧本山は千葉県市川市中山にある日蓮宗の大本山・正中山法華経寺。古くは法華堂と呼ばれ法華経寺の宿泊所となっていたとされる[1]。
長勝寺の開祖・日信は初め、京都本圀寺14世・日助の弟子で、日蓮が生れ立教開宗した安房小湊を巡錫した際に江戸川区一之江に留まり、二間四面の法華堂を建立し多くの信者を得たという[2]。また法華堂は千葉の大本山・中山法華経寺の宿泊所にもなったと伝わる。
日信は一之江では妙覚寺9世・日住の弟子となり、長勝寺は当初、妙覚寺の塔頭であった[1]。日信は寛永2年(1625年)に没した[3][4]。
天和元年(1681年)長勝寺は江戸幕府より国家安泰の祈願所として許され、寺社奉行より境内地を年貢免除となる除地として譲り与えられた[2]。その後、長勝寺は元禄(1688-1704年)の頃から盛んになった鬼子母神信仰と共に祈祷所として隆盛し、多くの参詣者が訪れたという[1]。