長岡郡 (陸奥国) From Wikipedia, the free encyclopedia 長岡郡(ながおかぐん)は、日本の陸奥国に奈良時代から室町時代まであった郡である。『延喜式』によれば2郷で編成されるごく小さな郡である。現在の宮城県大崎市の一部にあたる。 蝦夷と朝廷の戦いが激しかった宝亀11年(780年)の1月26日に、蝦夷軍が長岡に侵入して民家を焼き、官軍と戦って双方に死者が出たことが知られる[1]。長岡とだけあって、この時点で郡が立てられていたかは不明である。9年後の延暦8年(789年)8月30日に、黒川郡など蝦夷と接する10郡の一つとして長岡郡の存在が確認できる[2]。このとき、戦いの被害を考慮して、長岡など10郡の労役免除が延長された。 室町時代にも存在が認められるが、後に栗原郡、遠田郡に分割編入されたようである。 平安時代の郷 長岡郷 溺木郷 脚注 ↑ 『続日本紀』巻第36、宝亀11年2月丙午(11日)条。新日本古典文学大系『続日本紀』五の128-131頁。 ↑ 『続日本紀』巻第38、延暦8年8月己亥(30日)条。新日本古典文学大系『続日本紀』五の440-441頁。 参考文献 青木和夫・稲岡耕二・笹山晴生・白藤禮幸校注『続日本紀』五(新日本古典文学大系16)、岩波書店、1998年。 関連項目 消滅した郡の一覧 この項目は、日本の市区町村に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本の都道府県/PJ:日本の市町村)。表示編集 Related Articles