長延寺 From Wikipedia, the free encyclopedia 所在地 東京都杉並区和田一丁目44番24号山号 萬昌山(ばんしょうざん)宗派 曹洞宗本尊 釈迦如来長延寺 所在地 東京都杉並区和田一丁目44番24号山号 萬昌山(ばんしょうざん)宗派 曹洞宗本尊 釈迦如来創建年 文禄3年(1596年)開山 喚英長応開基 成瀬正成、今川直房正式名 萬昌山長延寺別称 ぼたもち寺法人番号 5011305000365 テンプレートを表示 長延寺(ちょうえんじ)は、東京都杉並区和田一丁目にある曹洞宗の寺院。山号は萬昌山(ばんしょうざん)。 かつては江戸市ヶ谷に所在した寺で、旧地には市谷長延寺町という地名が残る。境内に「ぼたもち地蔵」があり、「ぼたもち寺」の別称がある。 文禄3年(1596年)、江戸市谷に創建。実質的な開山者は笑岩長闇である。笑岩長闇は徳川家康が浜松で帰依していた僧で、江戸入りの際に伴われた。笑岩長闇は師の喚英長応(上野国長年寺10世)を当寺の開山とし、自らを2世と位置づけた[1]。 開基は当初成瀬正成(犬山城主)とされていたが、その後成瀬氏は檀家を離れた。寛文元年(1661年)、今川直房(範英)を当寺に葬ったのを機に、今川直房を開基として改めた。以後、今川氏の菩提寺となり、歴代当主の葬地[注釈 1]となった。明治42年(1909年)、現在地に移転[1]。 施設・史跡 牡丹餅地蔵 次のような伝承から、子授け・子育ての信仰を集める。寺が市ヶ谷にあったころ、門前の桶屋の夫婦が地蔵に願掛けをしたところ、子を授かった。しかし、母子は産後の肥立ちが悪く危険な状態にあった。父が再び願掛けをすると、地蔵は小僧に姿を変えて牡丹餅を与えた。この牡丹餅を食べた母は回復して乳の出もよくなり、子も元気に育ったという[1]。 墓地 土肥黙翁・土肥霞洲父子(ともに儒者)の墓 鈴木重胤(国学者)の墓 杉浦梅潭(幕臣・漢詩人)の墓 木村荘八(画家)の墓 アクセス 東京メトロ丸ノ内線東高円寺駅下車 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 今川家歴代の墓石は移転時に行方不明になったらしく、現在今川氏の墓石は2基のみが確認できる。 出典 1 2 3 大谷光男、嗣永芳照 著『杉並区史跡散歩 (東京史跡ガイド15)』学生社、1992年、131-133p 参考文献 大谷光男、嗣永芳照 著『杉並区史跡散歩 (東京史跡ガイド15)』学生社、1992年 関連項目 観泉寺 - 杉並区にある今川家所縁の寺 萬昌院功運寺 - 中野区にある今川家所縁の寺 Related Articles