長明寺 (四日市市)

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山号 朝明殿
長明寺
長明寺 山門
長明寺 山門
所在地 三重県四日市市蒔田2丁目[1]
山号 朝明殿
宗派 浄土真宗本願寺派
本尊 阿弥陀如来
開基 宝徳元年(1449年)[2]
正式名 朝明殿長明寺 [2]
別称 まいたの寺
法人番号 1190005009141 ウィキデータを編集
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長明寺(ちょうみょうじ)は、三重県四日市市蒔田にある浄土真宗本願寺派寺院山号は朝明殿。本尊阿弥陀如来江戸時代の旧東海道沿いにあった蒔田村の寺で[3]、地元ではまいたの寺と呼ばれることもある[4]

寺伝では、もとは近くの豊田村[注釈 1]にあって真言宗の潮音寺と称していたが、1485年(文明)17年に画像本尊を下付されたとあるのでこの頃に浄土真宗に改宗したと推察される[1]。その後1604年慶長9年)に現在の長明寺を公称するようになり、1624年寛永元年)に正式に寺院となった。1651年慶安4年)に領主の松平隠岐守より現在の寺地を賜り、翌年に寺を移した[1]

江戸時代には浄土真宗本願寺派の伊勢国触頭であった桑名法盛寺の元で、現在の四日市市域の触口を勤めた[注釈 2]。 寿永(1182~1185)年間、平家資が源氏に対抗するために寺域内に城を構えた。伊勢平氏の拠点となったが、鎌倉幕府からの攻めを受けて落城した。現在でも城跡の濠が長明寺の周りに残っている [6]

本堂

境内

寺の周囲は堀と土塁で囲まれている[7]ので、参道正面の参詣橋を渡って境内に入る。

参詣橋

平成8年に架け替えられた全て石造りで橋、橋の脇に架け替え前の角石柱があって「文化三丙寅二月」(1806年)「桑名城主 前川藤右衛門重芳 寄進」の銘がある[8]

山門

昭和の初めに建立された瓦葺の四脚門で、入母屋造で正背面軒唐破風付、二軒繁垂木で、各部分に細部装飾が施された建物である[8]

城跡の濠

本堂

1956年(昭和31年)に再建された入母屋造の建物[1]

鐘楼

寺伝では延宝年間(1673年-1681年)建立とされている、装飾の少ない簡素な鐘楼[9]。土壇でできた桟瓦葺の切妻造で、広さは桁行一間、梁行一間の建物である[9]。几帳面取角柱は内転びで設置され、先端に木鼻のある頭貫・飛貫・腰貫で固定されている[9]。妻組は虹梁束立形式で飾られ、虹梁間の桁行に架された大梁に鐘が吊られている。

鐘楼

文化財

知仁親王(後奈良天皇)和歌懐紙

知仁親王が践祚した大永六年(1526年)四月の頃に書かれたものとされている[10]

年中行事


交通

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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