蒔田 (四日市市)
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 蒔田 | |
|---|---|
| 町丁 | |
北緯35度1分3.29秒 東経136度39分7.92秒 / 北緯35.0175806度 東経136.6522000度座標: 北緯35度1分3.29秒 東経136度39分7.92秒 / 北緯35.0175806度 東経136.6522000度 | |
| 国 |
|
| 都道府県 |
|
| 市町村 |
|
| 地区 | 大矢知地区 |
| 人口情報(2025年4月1日[1]) | |
| 人口 | 2,043 人 |
| 世帯数 | 952 世帯 |
| 設置日 | 1973年(昭和48年) |
| 郵便番号 | 510-8022[2] |
| 市外局番 | 059(四日市MA)[3] |
| ナンバープレート | 四日市 |
蒔田(まきた)は、三重県四日市市の地名。現行行政地名は蒔田一丁目から四丁目。郵便番号は510-8022(集配局:四日市郵便局)[2]。なお江戸時代の蒔田地区の呼び方は「まいたむら」であった[4]。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | 四日市市立大矢知興譲小学校 | 四日市市立朝明中学校 |
当町は富洲原小学校及び富洲原中学校の地区外特別編入通学共同学区である。昭和戦後期は西富田・蒔田地区の児童は三岐鉄道の旧三岐朝明駅(三岐朝明信号場)より大矢知駅までの1区間を利用して登下校していた時期があった。
歴史
朝明郡蒔田村を前身とする。「蒔田」は「まいた」とも発音した。江戸時代に桑名藩領の伊勢国朝明郡の6か村(東富田村・西富田村・富田一色村・天ヶ須賀村・松原村・蒔田村)を総称した富田六郷の一部である。
御厨神明神社が蒔田2丁目にある。蒔田地内の長明寺は中世期の蒔田氏の拠点の蒔田城跡とされる。蒔田1丁目の東海道沿いに聖武天皇に少女が笠を差し出したことに由来する笠取池(鏡ヶ池)の跡がある。
1560年(永禄3年)の『保内商人申状案[7]』に見える地名であり、村高は341石[8]。浄土真宗本願寺派朝明山長明寺が蒔田2丁目にあり[9]、その北に隣接して蒔田観音寺と神明神社がある。観音寺は竜王山宝性寺の名称がある。1889年(明治22年)の戸数は64軒、人口311人。江戸末期から地内にそうめん(大矢知素麺)を製造する農家が多い。菜種・油菜の栽培も多くて、採油業も行われた。繊維産業・食品加工業・孵卵産業が昭和時代に発展した[10]。四日市市大矢知地区に蒔田第一自治会集会所があり、公共施設として使用されている。大矢知町から1.4 kmの距離にある集会所である。
沿革
蒔田町
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、朝明郡大矢知村大字蒔田となる[10]。
- 1954年(昭和29年)7月1日 - 四日市市へ編入し、同市蒔田町となる[10]。
- 1973年(昭和48年) - 全域が蒔田一丁目から四丁目・川北一丁目となり廃止される[10]。
