長谷川久一
日本の内務官僚
From Wikipedia, the free encyclopedia
生涯
旧唐津藩士・長谷川芳之助(一刀流の使い手である長谷川善兵衛久徴の子)の長男として岡山県で生まれる[3]。第一高等学校を卒業。
1907年(明治40年)、東京帝国大学法科政治科を卒業。高等文官試験に合格し、内務省に入る。内務書記官、内務参事官、三重県警察部長、千葉県警察部長、警視庁第二部長、警視庁保安部長、岐阜県内務部長、内務監察官、内務省土木局長を歴任。
1923年(大正12年)10月25日、1924年(大正13年)6月24日、石川県知事を務める。1924年(大正13年)6月24日、1927年(昭和2年)3月22日、和歌山県知事を務める。1927年(昭和2年)3月22日、1927年(昭和2年)5月17日、長崎県知事を務める。1927年(昭和2年)5月17日、1929年(昭和4年)7月5日、静岡県知事を務める。
親族
著書
- 長谷川久一『独国に於ける模範市政と理想農邑』、内務省地方局、1909年10月