長谷川太郎

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愛称 タロウ
カタカナ ハセガワ タロウ
ラテン文字 HASEGAWA TARO
国籍 日本の旗 日本
長谷川 太郎
名前
愛称 タロウ
カタカナ ハセガワ タロウ
ラテン文字 HASEGAWA TARO
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1979-08-17) 1979年8月17日(46歳)
出身地 東京都足立区
身長 167cm
体重 64kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
ユース
1992-1994 日本の旗 柏レイソルジュニアユース
1995-1997 日本の旗 柏レイソルユース
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998-2001 日本の旗 柏レイソル 19 (1)
2002 日本の旗 アルビレックス新潟 (loan) 12 (0)
2003-2007 日本の旗 ヴァンフォーレ甲府 84 (23)
2007 日本の旗 徳島ヴォルティス (loan) 23 (2)
2008 日本の旗 横浜FC 14 (0)
2009-2010 日本の旗 ギラヴァンツ北九州[注 1] 52 (9)
2011-2013 日本の旗 浦安SC[注 2]
2014 インドの旗 モハメダンSC英語版 11 (3)
通算 215 (38)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

長谷川 太郎(はせがわ たろう、1979年8月17日 - )は、東京都出身のサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはFW

柏レイソルユースから1998年にトップチームに昇格。ナビスコカップで得点を挙げるもののリーグ戦では4年間で1得点を挙げるに留まり、2002年アルビレックス新潟期限付き移籍[1]

2003年ヴァンフォーレ甲府へ完全移籍[2] するも活躍できずにいた。しかし半年契約の最後のチャンスとして出場した2004年6月24日コンサドーレ札幌戦において決勝ゴールを挙げると一転契約延長となり、この年は17試合で3得点を挙げ、翌年の活躍に繋がることとなる。2005年シーズンにバレー石原克哉と3トップを築き、大ブレーク。J2でサガン鳥栖新居辰基とともに日本人ではトップとなる17得点を挙げ、昇格の立役者となった。2006年にJ1で3得点を挙げるも宇留野純茂原岳人などの加入でFW層が厚くなった甲府での出番が激減し、2007年7月に完全移籍で甲府へ加入した羽地登志晃と交換する形で徳島ヴォルティスへのレンタル移籍[3]

横浜FCを経て、2009年から2010年までギラヴァンツ北九州(2009年はニューウェーブ北九州)でプレーした。

2011年、浦安JSC/SC浦安(現:ブリオベッカ浦安)に移籍。2014年1月、海外移籍を目指し浦安を退団した[4]

2014年はインドIリーグ1部のモハメダンSC英語版に所属していた。

2014年12月31日自身のブログにて引退発表[5]

2015年より一般社団法人TREを設立。【TRE2030 Striker Project】〜2030年 みんなで育てよう! W杯得点王〜というビジョンの元、ストライカー育成を行っている。

2021年1月19日、古巣ブリオベッカ浦安のストライカーコーチに就任した[6]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
199826J10001020
1999J11305220202
200030100040
200121000021
2002新潟22J2120-10130
2003甲府2640-0040
2004173-21194
2005184417-214618
2006J11732111205
20072010-30
徳島33J2232-21253
2008横浜FC15140-00140
2009北九州28JFL259-00259
201018J2270-10280
2011浦安11千葉県1部--
2012関東2部--
2013-
インド リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2013-14モハメダン英語版1部
通算日本J1 3849341518
日本J2 14122-8314925
日本JFL 259-00259
日本関東2部 -
日本千葉県1部 -
日本東京都1部 --
インド1部
総通算 204359311422542

その他の公式戦

タイトル

クラブ

柏レイソル

脚注

出典

関連項目

外部リンク

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