長谷長次
From Wikipedia, the free encyclopedia
石川県出身。1926年東京高等工業学校電気化学科卒。司法官試補となり、検察官となる。
1937年の第20回衆議院議員総選挙で石川1区から立候補して当選する。1942年の総選挙(いわゆる翼賛選挙)では非推薦で立候補して落選した。戦後第1回の1946年の第22回衆議院議員総選挙で石川県(全県1区)から立候補したが、次点で落選。翌1947年の第1回北海道知事選挙(1947年北海道庁長官選挙)で無所属で立候補したが落選した。1949年の総選挙と1950年の参院選に北海道から立候補したが、いずれも落選。選挙後に帰郷し、1952年の第25回衆議院議員総選挙で石川1区から再び立候補して落選。その後は千葉県に移り、同地から国政選挙に何度も立候補したが落選続きだった。1977年死去。
姪にインドネシア初代大統領スカルノの愛人となった金勢さき子がいる。