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関口将平

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-04-14) 1989年4月14日(36歳)
身長
体重
202[1] cm
102[1] kg
関口 将平
Shohei Sekiguchi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 香川県小豆郡小豆島町
生年月日 (1989-04-14) 1989年4月14日(36歳)
身長
体重
202[1] cm
102[1] kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

関口 将平(せきぐち しょうへい、1989年4月14日 - )は、香川県小豆郡小豆島町(旧:内海町)出身の元プロ野球選手(投手)。

プロ入り前

小学校2年の時に野球を始める[2]。内海町立内海中学校2年時には182センチを超え、3年でエースとなった[2]。

香川県立丸亀城西高等学校時代は控え投手。公式戦での登板は5試合(8回)にとどまり、3年夏(2007年)の香川県大会でも登板はなく[2]、9月にはプロ志望届を提出したが[3]、プロ野球ドラフト会議での指名はなかった。

その後、2メートルの長身から投げ下ろす威力のある直球や将来性を期待され、10月17日にアトランタ・ブレーブスとマイナー契約を結んだ[4]。なお当時ブレーブスでは他に島袋涼平、徳田将至、濱岡巧の日本人選手3名がマイナー契約をしていた[2]。

プレーブス傘下時代

2008年と2009年はオーストラリアのアカデミーに派遣され、体力強化に専念した[4]。

2010年は傘下ルーキー級・ガルフ・コンプレックスリーグのGCLブレーブス(英語版)で8試合(14回1/3)に登板し、1勝1敗、防御率3.77、10奪三振という成績を残した[5]。

2011年は左肘の故障により公式戦での登板はなく、6月13日に自由契約となった[5]。

独立リーグ時代

2012年1月に関西独立リーグの紀州レンジャーズに入団した[6]。この年は33試合(120回)に登板して6勝、防御率3.53という成績を挙げたが、1年でチームを退団した。

2013年からは、兄の関口貴之も所属するベースボール・チャレンジ・リーグの福井ミラクルエレファンツに入団。15試合に登板したが、1勝2敗、防御率7.31と結果が残せず、10月25日に球団より現役引退が発表された。その後、11月16日にロッテ浦和球場で行われた四国アイランドリーグplusの関東開催トライアウトに参加したが、入団には至らなかった。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
完

投
勝

率
投
球
回
打

者
被
安
打
被
本
塁
打
奪
三
振
与
四
球
与
死
球
失

点
自
責
点
暴

投
ボ
丨
ク
失
策
防
御
率
W
H
I
P
2012 紀州 336802.429120.0530118075595634712013.531.48
2013 福井 151200.33316.094231919317133117.312.63
関西:1年 336802.429120.0530118075595634712013.531.48
BCL:1年 151200.33316.094231919317133117.312.63

背番号

  • 29 (2012年)
  • 21 (2013年)

脚注

関連項目

外部リンク

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