閻済美

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閻 済美(えん さいび、生年不詳 - 825年)は、唐代官僚

閻敬仲の子として生まれた。大暦10年(775年)、進士に及第した。監察御史を歴任し、有徳者の声誉があった。貞元20年(804年)、婺州刺史として出向した。元和元年(806年)、福建観察使となった。元和2年(807年)、越州刺史・浙江東道観察使に転じた。入朝して右散騎常侍に任じられた。華州刺史・潼関防禦・鎮国軍使として出向した。入朝して秘書監となった。老齢のため引退を願い出て、工部尚書として致仕した[1][2]宝暦元年(825年)5月23日[3]、家で死去した。享年は九十数歳。は温といった[1][2]

脚注

伝記資料

参考文献

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