1870年、渋沢栄一と妻・千代の次女として東京府に生まれる。母を早くに亡くした後は、同母弟の渋沢篤二と共に、義兄穂積陳重と姉歌子の夫妻に育てられた。1888年に阪谷芳郎と結婚した。翌年には長男・希一も誕生し、幸せな家庭を築いた。家庭教育を大切にした夫の遺志を尊重し、愛情深く子育てしたという。家庭夫人のみならず、結婚後は慈恵医院婦人会に入って慈善活動を行い、皇后から上野慈恵病院常置幹事を任命されるなどの活躍もした。晩年は孫の芳直の成長を楽しみにしていたという。
1939年に69歳で死去した。夫の芳郎は琴子の死から2年後の1941年に78歳で死去した[2]。